2025年に旅立たれた著名人たち。さまざまな舞台で活躍し、時代を彩ったその功績をたどる。

脚本家・画家 大宮エリー

画家、作家、ラジオパーソナリティー、映画監督、など幅広いジャンルで活躍した、大宮エリーさんが4月、病気で亡くなった。49歳だった。

この記事の画像(7枚)

広告代理店勤務を経て、脚本家や映画監督などととして活動。映画「海でのはなし。」で監督を務めるなど、多岐にわたって活躍した。

【関連記事】
大宮エリーさん「なんかさーこんなんとか、あんなんとかどう?」常に“全力投球”エリーさんとの思い出

考古学者 大村幸弘さん

考古学者で、皇室とも親交があった大村幸弘さんが5月20日、発掘調査を続けていたトルコで亡くなった。78歳だった。

大村さんはアナトリア考古学研究所の所長で、トルコ中部にあるカマン・カレホユック遺跡の発掘調査をおよそ40年に渡り続けてきた。

カマン・カレホユック遺跡は本格調査を始める1986年、三笠宮さまが鍬入れを行い、その後も三笠宮家が三代にわたり発掘を支援している。

秋篠宮ご夫妻が2024年にトルコを公式訪問された際、大村所長が遺跡を案内するなど皇室と長年にわたり親交があった。

「世界一貧しい大統領」 ホセ・ムヒカ元大統領

「世界一貧しい大統領」として知られた南米ウルグアイのムヒカ元大統領が5月、亡くなった。89歳だった。

2010年から5年間、ウルグアイの第40代大統領を務め、国民から「ぺぺ」の愛称で親しまれた。

大統領在任中、公邸には住まず、首都モンテビデオ郊外の質素な住宅で暮らし、収入の大半を貧しい人たちに寄付したことから「世界一貧しい大統領」と呼ばれた。

国際的な舞台の演説でも、現代の大量消費社会は「持続可能ではない」と問題点を指摘。退任後の2016年には初来日し、大学で学生たちを前に「本当の豊かさとは何か」について講演し、大きな反響を呼んだ。

【関連記事】
「本当に日本人が幸せなのか?」“世界一貧しい大統領”ムヒカ元大統領が生前語った日本へのメッセージとは 大阪では串揚げ店訪問も

俳優 遠野なぎこさん

俳優の遠野なぎこさんが亡くなった。45歳だった。

1979年11月生まれ。

1999年のNHK連続テレビ小説「すずらん」でヒロインを演じ、ドラマやバラエティー番組、舞台などで幅広く活躍。ドラマ「ルパンの娘」シリーズなどに出演した。

プロ野球・読売巨人軍終身名誉監督 長嶋茂雄さん

プロ野球・読売巨人軍の長嶋茂雄終身名誉監督が6月3日、肺炎のため亡くなった。89歳だった。

長嶋さんは千葉・佐倉一高から立教大に進み、東京六大学リーグ(当時)の記録を更新する8本塁打をマーク。1958年に巨人入り。

1年目に本塁打、打点のタイトルを獲得し、新人王を獲得した。1959年6月に天覧試合の阪神戦で劇的なサヨナラ本塁打を放つなど大舞台に強く、高度成長期にプロ野球を圧倒的な人気スポーツに押し上げた。

王貞治さんとの「ON」コンビで9年連続日本一を達成。1974年の引退セレモニーでは「わが巨人軍は永久に不滅です」という名文句を残した。

背番号3は永久欠番となり、野球殿堂入りした。巨人監督を2度にわたり通算15年務め、5度のリーグ制覇と2度の日本一に輝いた。

【関連記事】
「今にも目を開けそうなぐらい」松井秀喜さんが自宅を弔問…長嶋茂雄さん(89)に別れ「いろんな時間を過ごして本当に私は幸せ者」
「長嶋監督、バットを振っていただけませんか?」再起のトレーニングに寄り添った靴店が明かす知られざる“ミスター”秘話

サッカー元日本代表 釜本邦茂さん

サッカー元日本代表の釜本邦茂さんが8月10日、大阪府内の病院で肺炎のため亡くなった。81歳だった。

1944年4月生まれ、京都府出身。府立山城高校、早稲田大学を経てヤンマーに入った。

1964から1977年にサッカー日本代表としてプレーし、1968年のメキシコオリンピックでは7得点を挙げ、得点王に輝いた。2005年には日本サッカー殿堂入りした。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。