4日朝、松井秀喜さんが長嶋茂雄さんの自宅を訪れ、恩師の死を悼んだ。約2時間を一緒に過ごし、その後取材に応じた。

松井秀喜さん:
(長島)三奈さんが「2人きりでお話してください」ということで、2人きりでずっと、いろんな思い出を、指を起こしながら、ずっと過ごしてました。

──長嶋さんの様子は
松井秀喜さん:

うん、なんか、今にもね、目を開けそうなぐらい。なんか意思のあるというか、というふうに感じました。

──どのような言葉を贈ったのか
松井秀喜さん:

たくさんありすぎて、ちょっとね…。今説明しきれないぐらい話させていただきました。一方的にですけどね。
一番はもう、感謝だけです。監督との出会い、縁がなければね、松井秀喜という野球選手は、全く違った野球人生を送ったと思うんですよね。
だから、ご縁に。ドラフトの時に私を引いてくださった、まずそのスタートのことを思い浮かべて。また、その後の2人の時間、また、私に授けてくださったたくさんのこと全てに、ありがとうございましたとお伝えさせていただきました。

──松井さんにとってどのような存在だったか
松井秀喜さん:

一言でこういう存在でしたと表すのは、ちょっと難しいかなと思います。長嶋さんは一人なんですけど、私からしたら、たくさんの顔を持つ方だったので、一言では難しいですね。
いろんな意味でたくさんのものを与えてくださった。そういう意味で、たくさんの顔を持つって言ったらおかしいですけど、なんかそういう存在だったと思います。

──長嶋さんとの一番の思い出
松井秀喜さん:

一番は、難しいですね。本当にいろんな長嶋さん、いろんな監督の場面、監督と選手として、また、監督をお辞めになった後もね。今度は私はまだ選手を続けていたときの関係性もありますし、また、私が引退した後の関係性もあります。その時その時に、いろんな関係性はあったと思う。
なんですかね。難しいですね。言葉にするとね。

──(長嶋さんと)素振りをしていた時間が念頭に上がっていたかと思うが
松井秀喜さん:

そうですね。いろんな時間を過ごして本当に私は幸せ者。長嶋監督といろんな時間を共有させてもらえましたので。
その時その時の思い出っていうのがありますけど、やっぱり素振りで会話したと言うんですかね、素振りを通じて、野球選手としての大事な部分を授けてくださったっていうのは、いち「松井秀喜」という野球選手において、最も大切なことを授けてくださいましたし。
そのことが私の中では一番幸運でもあり、また、一番感謝している部分じゃないですか。

プライムオンライン編集部
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