2022年に安倍晋三元総理を銃撃し殺害した罪などに問われた山上徹也被告(45)の裁判員裁判は事件から3年以上たった2025年10月に始まり、12月18日に結審した。
裁判で山上被告は起訴内容について「全て事実です。間違いありません」と認め、弁護側が一部の罪の成立について争っている。
山上被告に「どのような重さの刑を科すべきか」も争点で、弁護側は、山上被告の母親が進行していた旧統一教会による「宗教被害」が事件につながったと主張。
「生い立ちはそれ自体を考慮すべきではない」として無期懲役を求刑した検察側に対し、「最も重くとも懲役20年までにとどめるべき」と主張した。
この記事では、検察側の主張の中身を見ていく。
■検察側「生い立ちに被害者は関係ない」
法廷で語られた山上被告の生い立ちは、母親が旧統一教会へ献金などを繰り返し、それに反対する祖父との対立によって、家を追い出されるようなこともあったなどという過酷なものではあった。
無期懲役を求刑した検察側は18日の論告で、“生い立ちと事件との関係性”については、次のように指摘した。
検察側の論告より:被告の不遇な生い立ちが事実にあったことは否定しないが、被告は善悪の判断ができる40代の社会人です。不遇な生い立ちがあったとしても、被害者とは無関係です。極めて著しく悪質な犯行。
そして「宗教2世が凶悪な犯罪を起こす傾向もない。世の中には同等、またはそれ以上不遇でも犯罪に及ばず生きている人もいる。生い立ちはそれ自体を考慮すべきではない」とも述べた。
この指摘につながる裁判でのやり取りがあった。
妹の証人尋問で、検察側が旧統一教会への考えを聞いたのだ。
(Q.あなたは統一教会について反感を持っていたか?)
山上被告の妹:持っていました。
(Q.あなたは統一教会に復讐を考えたことはありますか?)
山上被告の妹:復讐するよりも関わり合いたくないという気持ち。復讐できるならしていたかもしれない。
(Q.どういった復讐を?)
山上被告の妹:統一教会をなくす。
(Q.そうした活動をあなたが取り組むということ?)
山上被告の妹:そういうことです。
捜査幹部によると、検察側は、同じ境遇だった妹が“復讐”を考えた場合でも、それは教団自体に向くということを示したかったという。
■検察側質問に 安倍元総理襲撃は「本筋ではない」被告語る
また論告で検察側は山上被告が安倍元総理を狙った動機について「襲撃対象として被害者を選定した理由については、最後まで被告から納得できる説明はなく、論理的に飛躍があるといわざるを得ません」と指摘している。
裁判の中で山上被告は母親の信仰に反対していた兄が自死した後、旧統一教会へ恨みを募らせ、教団の韓鶴子(ハン・ハクチャ)総裁たちの襲撃を考えるようになったと語った。
そして山上被告は、教団幹部が来日しないことなどから狙いを変えるようになり、「本来の敵は統一教会。安倍元総理は統一教会に対する影響力はかなりあったと思う。それが標的に入った理由です」と法廷で語った。
しかし山上被告は検察側の被告人質問では次のように話している。
検察側:(襲撃を)考える中で安倍元首相を襲撃対象に決めた。安倍元首相を狙うことについて、すっきり納得していたのか?『ちょっと違うな』と思っていたのか?
山上被告:あくまでも統一教会が対象。統一教会に賛意を示す政治家の最も著名な人は、意味ないとは思わないが、本筋ではないと思っていた。
■「本筋ではない」安倍元総理を狙った理由は”経済的困窮”精神鑑定医が語ったこと
安倍元総理を狙うのは「本筋ではない」と法廷で語った山上被告。その考えは、逮捕後に実施された精神鑑定でも語られていたという。
精神鑑定を実施した医師の証人尋問でそれが語られた。
医師の証言によると、山上被告は安倍元総理を銃撃したことについて、「ここまで大ごとになるとは思わなかった」と語るとともに、「安倍さんを撃つというのは、ずれている」と語ったという。
そして医師が「誰ならずれていない?」と質問すると、旧統一教会の韓鶴子総裁の名前を挙げ、「韓鶴子ならずれていない」と述べたそうだ。
そして医師は山上被告の動機について、次のようなことを「考察」として話した。
精神鑑定をした医師:被告は家族を窮地に陥らせた統一教会に対して非常な怒りを感じていました。その結果生じた人生に対する失望感を募らせ、兄の死にも責任を感じていました。
精神鑑定をした医師:そして経済的困窮もあった。被害者と統一教会の関連から被害者を対象にした。
山上被告は事件前、銃や火薬の製造で経済的に困窮し、自己破産も考えたというが、「破産なんかしたら母親に負けてしまう。統一教会に反抗するからこうなったと言われてしまう」という考えを医師に明かしていたそうだ。
医師は「私が『7月8日安倍元首相を狙ったのは破産しそうだったからか』と問うと、『はい』と答えました」と述べていたとも話している。
さらに検察側から「犯行に及んだ理由について経済的逼迫は大きかったと思いますか」 と問われると医師は「経済的余裕があればもっとちゃんとした目標に向かって頑張っていただろうし、経済的余裕がないのが、被害者に向かって犯行に及んだ理由として大きかったと思います」と説明した。
■犯行動機は、短絡的かつ自己中心的なもので、人命軽視も甚だしく、もはや酌量の余地はない
こういった審理を経て、検察側は論告で山上被告の”動機”を厳しく非難している。
検察の論告より:被告が旧統一教会に対する怒りの感情を持ったこと自体は、被告の家庭の状況からすれば理解できる点もありますが、被告が家族と離れて独立して生活する40歳代の社会人であったことなどからすれば、その怒りを銃器による殺人行為により被害者にぶつけようと考えた点は、酌量の余地が乏しいものといわざるを得ません。
検察の論告より:さらに経済的な逼迫が間近に迫っていたという、自ら招いた極めて個人的な事情が直接的なきっかけとなり、襲撃対象を突発的に変更することとし、ちょうどその時期に被害者が選挙の応援演説をしていたことなどから、襲撃対象を、殺害されるような落ち度のない被害者に変更したものにすぎません。
検察の論告より:このように、被告人が被害者を殺害した犯行動機は、短絡的かつ自己中心的なもので、人命軽視も甚だしく、もはや酌量の余地はないといわざるを得ません。
弁護側が指摘し、被告や家族の口から語られた“壮絶”ともいえる宗教によって苦しんだ生い立ち。検察側が指摘した“安倍元総理は襲撃対象として「本筋」ではなく、経済的な困窮をきっかけに事件へと進んだ”という動機。
これらは裁判官や裁判員にどのように受け止められただろうか。
山上被告は裁判で安倍元総理の妻・昭恵さんや遺族に向けては謝罪の言葉を述べたものの、安倍元総理への謝罪の言葉を口にすることなく、最終意見陳述では何も語らず、結審を迎えた。
判決は2026年1月21日に言い渡される。
