2025年は参議院選挙の他、韓国の李在明大統領やアメリカのトランプ大統領の来日など、警備の現場が多忙を極める中、警視庁は「ローンオフェンダー」に対する警戒も強めていた。

ローンオフェンダー

英語表記は「lone offender」。「lone(単独)」と「offender(攻撃者)」の通り、特定の組織に属さず、単独でテロなどを計画し実行する人物を指す。
計画から実行までを1人で行うため動向の把握が難しく、前兆をつかみにくいとされる。

警視庁に「公安3課」発足 全国の捜査員への研修も

ローンオフェンダーによる事件として記憶に古くないのは、2022年7月の安倍元首相銃撃事件や2023年4月の岸田元首相襲撃事件、2024年9月の首相官邸前に車が突入する事件などが挙げられる。

こうした事件が相次いだことを受け、警視庁公安部は4月、全国に先駆けてローンオフェンダーを専門で捜査する「公安3課」を発足させた。テロの前兆と疑われる情報の収集やローンオフェンダー対策の体制を強化し、要人を狙うテロや凶悪事件の未然防止につなげようという狙いがある。

10月 研修の開始式で訓示した警視庁・若田公安部長
10月 研修の開始式で訓示した警視庁・若田公安部長
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また10月には、全国の捜査員に向けた研修をスタート。公安3課で研修する「1期生」には6道県警で公安捜査に携わってきた30~40代の6人が派遣され、1年間、テロの前兆と疑われる情報の収集や分析、事件の初動捜査などについて、実務を通して学んでいる。

「フジテレビのカメラマン、○○にいますよね」

ローンオフェンダーの脅威の大きさは、警備現場の警戒感からも読み取れるほどだった。

10月末にトランプ大統領の来日に合わせ、警視庁は最大で1万8000人の態勢で警備に当たった。私たち取材班はその一挙手一投足を追いかけたが、6年前の来日時とは明らかな違いがみられた。警備上の観点から詳細は明かせないものの、例えば、トランプ大統領を乗せたヘリが発着する様子を撮影できたはずのエリアが封鎖されていたのだ。

トランプ大統領の来日を前に都内の警備が強化された
トランプ大統領の来日を前に都内の警備が強化された

警備幹部によると、これは主にローンオフェンダーによる攻撃を防ぐためだった。さらにトランプ大統領の行き先周辺では、高い場所からの狙撃を警戒したという。

私は、封鎖された場所の代わりにヘリの発着を撮影できる場所を探した。周辺のホテルなどを訪ね歩いたが、軒並み取材を断られた。その中には「警備上の観点から人の出入りを制限してほしい」と警視庁から要請されている所もあった。
その後、少し離れた企業の屋上に入れてもらえることになったが、警備関係者より「フジテレビのカメラマン、○○の屋上にいますよね」と確認があった。
これは取材を制限するという趣旨のものではなく、屋上に見える人物がローンオフェンダーではなく、本当に取材カメラマンなのかということを確認するためのものだった。
3日間に及ぶ厳戒態勢の警備で、大きなトラブルはなかったという。

SNS投稿者への警告も

2025年7月の参院選で、警察庁はローンオフェンダーの前兆や不審情報を集めるための「ローンオフェンダー脅威情報統合センター」を設置した。選挙期間を含めた約1カ月間で、全国の警察や陣営側などからの情報でセンターが把握したSNSでの危険な投稿は889件。

中には、石破前首相の選挙に関する投稿に対し「生命狙われてもおかしく無いから鉄帽と防弾チョッキは着といた方がええよ」という書き込みもあったという。

「鉄帽」は、自衛隊や海上保安庁などで使われているヘルメットのことで、一般的になじみの薄い言葉であることから危険性が高いと判断し、投稿した人物を特定し、直接警告。その投稿者は、「石破首相に危害を加えようなどとは一切考えていない」「今後、このような書き込みは二度としない」と話したという。

また、SNSの情報を元にリストアップした要注意人物を演説会場の警備員に共有し、事前に対処できたケースもあったという。

“日常の違和感”が対策のカギに

しかし、SNSでは前兆がつかめないケースもある。

ある公安部幹部は「自らの主張や誰かへの怒りを発信しない人については、なかなか探し出すのが難しい」と話す。

2022年、安倍元首相が銃撃された事件で殺人の罪などに問われている山上徹也被告(45)の自宅からは“手製の銃”が押収されたが、誰もその前兆に気づくことはできなかった。
同じマンションの住人はのこぎりで何かを切断するような音を聞いていたというが、警察への通報は無かったという。

不動産団体との協定を締結(2025年5月)
不動産団体との協定を締結(2025年5月)

そこで警視庁は5月、都内の不動産業界団体と協定を結んだ。異音や異臭、居住者に関するトラブルなどについて通報を呼びかけるものだ。公安部幹部によれば、都内では過去に「異音や異臭がするマンションの一室の住人が管理点検を拒否する」という通報があり、その部屋からテロ事件につながりかねない情報が見つかったケースがあったという。

警視庁公式YouTubeより
警視庁公式YouTubeより

さらに公安部は12月、「あなたの通報が、誰かを守る。」と題した15秒の動画を公開した。
男性がアパートの前を通りかかった時に聞こえた大きな音に「また変な音がする」と気づき110番通報をする。その音の正体は、手製の銃を作るために物を削ったり叩いたりするものだった、という内容だ。
主要駅のデジタルサイネージや警視庁の公式YouTubeチャンネルで配信が始まっている。

ローンオフェンダーによる犯罪の前兆につながる可能性のある情報は日々寄せられているというが、公安3課の鶴岡敏裕課長は、「ローンオフェンダー対策は警察だけでは完結できない。都民・国民の協力なくしてできない。異音や異臭など、日常の違和感を通報してほしい」と呼びかけている。

些細な情報が、大きな事件を防ぐかもしれない。
警視庁公安部は2026年も、多方面からの情報収集に力を入れていくという。
(フジテレビ社会部警視庁担当 小山浩隆)

小山浩隆
小山浩隆

フジテレビ報道局社会部記者
早稲田大学商学部を卒業後、2014年に地元・長野県のテレビ局に入社。主に警察・災害担当として御嶽山噴火災害や軽井沢町スキーバス転落事故などを取材。記者8年、報道デスクを2年経験し2024年秋よりフジテレビへ。
社会部の司法担当記者として、東京地検特捜部などを取材中。1991年生まれ。