ドナルド・トランプ米大統領は9日、ペンシルベニア州マウントポコノでの集会を手始めに、2026年11月の中間選挙へ向けた地方遊説を始めた。それをAP通信はこう伝えた。

「トランプ大統領、ペンシルベニア州で米国人のAffordabilityへの不安に応えるために集会で演説」


“affordability(アフォーダビリティ)”という言葉には、日本語にぴったり当てはまる訳語がない。直訳すれば「価格の手頃さ」だが、単なる安さではない。家賃や食費、医療費など、生活の基盤となる支出を家計が無理なく負担できるか――つまり「暮らしが現実的に成り立つかどうか」を示す概念である。中間層の多くが「努力しても生活が追いつかない」と感じているいま、この言葉は米国政界で最も頻繁に使われる名詞の一つになりつつある。本稿では便宜上、英語のままaffordabilityと記す。

保守派メディアも“苦言”

トランプ大統領は就任以来、インフレの責任を前任のジョー・バイデン前大統領に押しつけてきた。しかし物価は下がらず、春以降は再び上昇。輸入関税の再導入が価格を押し上げたことは否定できず、住宅や新車の平均価格は過去最高水準にある。

演説会場には「物価は低く、賃金は高く」というスローガンが掲げられていた(12月9日)
演説会場には「物価は低く、賃金は高く」というスローガンが掲げられていた(12月9日)
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政治ニュースサイト「ポリティコ」の調査によれば、有権者の46%(トランプ支持層でも37%)が「米国の生活費はこれまでで最悪」と回答。「いまの経済はトランプがもたらしたものであり、生活費高騰の責任は現政権にある」と答えた人も同数の46%に達した。ポリティコはこの結果を「共和党への警鐘」と位置づけ、「昨年のトランプ再選を支えた層の一部が、高コストの生活を理由に離反し始めている」と分析した。

ニューヨーク・ポストHPより
ニューヨーク・ポストHPより

事実、保守派メディアの旗手、ニューヨーク・ポスト紙は「トランプ大統領、国民の声に耳を傾けよ――人々はいま、経済の痛みを身にしみて感じている」と題する社説を掲げ、苦言を呈した。同紙は2024年の大統領選で「国を正しい道に戻すため、選択は明白だ」とトランプ支持を明言したが、今回は「外国の戦争を終わらせるのは立派だが、いまは食卓の経済と向き合え」と促している。

物価高対策や減税などの実績をアピール(12月9日)
物価高対策や減税などの実績をアピール(12月9日)

さらに同日の紙面には、保守派作家ジェームズ・ボバード氏が「トランプのaffordabilityの空念仏では、現実の経済の痛みは癒せない」と題する寄稿を掲載。支持紙の同じ日の紙面で批判が並ぶのは、トランプ大統領の求心力が揺らいでいる証拠と見られる。

また、トランプ大統領が「お気に入り番組」と公言しているFOXニュースの「Fox & Friends」でも、経済評論家ピーター・シフ氏が出演し、「トランプ大統領はインフレの加速、雇用喪失、そしてaffordabilityの悪化といった経済問題を軽視している」と厳しく批判した。これに対しトランプは、自身のSNSに「トランプ嫌いの負け犬」と書き込み、番組スタッフを非難したが、FOXニュースがaffordability問題を取り上げたこと自体、問題が党派を超えて深刻化していることを示している。

民主党「アメリカを再びaffordableに」

トランプ大統領は「民主党の策略だ」と切り捨てるが、有権者の肌感覚は否定できない。インフレ率は3%台で停滞し、賃金上昇は鈍い。ガソリン価格が下がっても、住宅や教育費の重さは増す一方だ。その結果、11月の地方選では共和党が相次ぎ敗北。さらに、トランプ大統領が地方遊説を始めた9日には、地元フロリダ州マイアミの市長選で28年ぶりに民主党候補が当選する番狂わせも起きた。

シューマー上院院内総務とジェフリーズ下院院内総務(写真:ゲッティ)
シューマー上院院内総務とジェフリーズ下院院内総務(写真:ゲッティ)

こうした連勝に勢いづいた民主党は、2026年の中間選挙を「生活費選挙」と位置づけ、「医療・住宅・食料・エネルギー」の4分野で価格を下げる法案づくりを進めている。チャック・シューマー上院院内総務とハキーム・ジェフリーズ下院院内総務が掲げるスローガンは、皮肉にも“Make America Affordable Again”(アメリカを再びaffordableに)。トランプ大統領のキャッチフレーズ“MAGA=Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)”をもじったこの標語は、政権のアキレス腱を突く格好だ。

1992年、大統領選でビル・クリントンを勝利に導いた選挙参謀ジェームズ・カーヴィル氏は、選対事務所の壁にこういうスローガンを貼り出したという――
“It’s the economy, stupid.”(問題は経済だ、忘れるな!)。
33年後のいま、米国の政治を動かすのは――
“It’s the affordability, stupid.”(問題はaffordabilityだ、忘れるな!)――かもしれない。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。