バレー部を15回日本一に導いた名将・井上博明さんが2025年に亡くなった。井上さんが貫き通したのは「真実(こころ)のバレー」。技術よりも、相手を思いやる“気持ち”を大事にした指導だった。「恩師に日本一を捧げたい」最後の教え子たちの挑戦が始まっている。
最後の教え子たち
長崎県西海市にある長崎県立西彼杵(にしそのぎ)高校。
バレーボール部は2024年度、インターハイでベスト8となり、春の高校バレーに初出場した。
2025年度の目標は、これまでを上回る成績と「日本一」。
九州文化学園から西彼杵へ場所を移し、バレーボールを指導してきた井上博昭監督。2025年4月に咽頭がんでこの世を去り、現部員は“最後の教え子たち”となった。
西彼杵3年 田中 心 主将:
最初まず報告を受けた時は信じられなくて。実際に見て本当なのだなと思いました。きれいな顔で先生は。見たらみんな涙ボロボロ出てきて その時は悲しいのが一番大きかったです。
「真実(こころ)のバレー」の神髄
高校バレー界で「名将」と言われた、県立西彼杵高校バレー部の監督、井上博明さん。
佐世保市にある九州文化学園の元監督。高校バレーの3大大会と言われるインターハイ、国スポ、春高バレーでチームを15回の日本一に導いた。
井上さんの指導法は「真実(こころ)のバレー」。技術よりも精神面を重視するものだった。
「みんな根性とかいいますけど、そうではない。本当にいい心を持った生徒たちが練習をして試合をしている。ただそれだけ」と、井上さんは語っていた。
負けた瞬間から次が始まる40年だった…
井上さんは九州文化学園を定年退職した後、西海市の誘いを受けて西彼杵の監督になった。
当時の教え子17人とともに転校して、就任2年目で高校を初のインターハイと春高バレー出場に導いた。
しかし、2024年4月に見つかったがんが悪化し、全国大会で指揮を執ることはできなかった。2025年4月、惜しまれながら67歳でこの世を去った。
西彼杵 主将の田中心さんは「報告を受けたとき信じられなくて。みんな涙ボロボロ出てきて、悲しいのが一番大きかった」と、監督との別れを語った。
井上さんの妻・由美子さんが遺品を整理すると出てきたのは、無造作に置かれた賞状や大会の記念品の山だった。
「こういうのが大事じゃない。負けた瞬間から次が始まる。その生活が40何年だった」。井上さんのバレー人生を語った。
不安の中で挑んだ試合
井上さんが亡くなって約2週間後、西彼杵は九州大会に挑んだ。
指揮をとるのは、27年間井上さんのもとでコーチを務めた出野(での)久仁子さんだ。「重圧はあります。不安なことはとてもありますけど、やるしかない」と語る。
試合が始まると、弱いボールを落としてミスが続き、スパイクが打てない。2024年の大会でベスト8だった西彼杵は予選敗退となった。
3年の髙見涼風さんは「大事な時に決められなかった。」と、悔し涙を流した。
出野監督は、井上さんの不在で選手たちに不安が広がっているのを感じていた。「自分たちがちゃんとすれば負ける相手ではなかった。言い訳はできない。次の高総体は何が何でも勝たんばいかん」と、選手たちに喝を入れた。
厳しい鍛錬で鍛えられる「人としての勝負」
朝7時。バレー部の練習は授業前に始まる。
「5列アップ」と呼ばれるトレーニングは、約60種類の動きを1時間以上連続で行うもので、1年生から3年生まで全員が同じメニューをこなす。
出野監督が「多分SVの選手(プロの選手)にこのトレーニングを一緒にやろうと言ってもできないと思います。きつくて」と語るほどハードなものだ。
しかし、この練習にこそ、井上さんの「真実(こころ)のバレー」の神髄があると話す。「仲間もきつい。じゃあ自分はどうしないといけないのか。きつい中でもいろんなことを考え、自分に打ち勝つ。人として勝負する上で大事なこと」。
プロを育てた真実(こころ)のバレー
井上さんの指導を受け、プロとして活躍している選手がいる。
プロチームの大阪マーヴェラスの主将を務める田中瑞稀選手は、九州文化学園の卒業生。井上さんの教え子だ。
「技術やスキル以上に、バレーに対しての取り組み方や人間としての心の部分を3年間通して育ててもらった。自分のことだけじゃなくて周りの人のために、という考え方を持たせてくれた」と、真実(こころ)のバレーを語る。
井上さんの指導は、春高バレーでベンチリポーターを務めた、元バレーボール日本代表の大林素子さんをもうならせていた。
「あの精神力が勝利のたまもの。諦めない、自分だけでなくみんなでという意識づけがしっかりされている。だから勝てる。」と、精神面を大事にする井上さんの指導のすごさを語った。
地域と共に歩む
井上さんの「真実(こころ)のバレー」の新たなファンになったのは、地域の人たちだ。
西彼杵高校がある西海市は過疎化が進み、バレー部も井上さんが監督になるまで休部状態だった。
バレー部が5年ぶりに復活したことで体育館が使われるようになり、全国出場の明るいニュースは地域を活気づけた。地域の人たちは「選手たちが頑張る姿を見られるだけで私たちは幸せ。体育館を使ってくれて、なお嬉しい」と語る。
この日、地域の人が差し入れを持ってきてくれた。
寮で食べてもらいたいと、大量の豚肉と卵だ。地域の人たちは、井上さん亡き後も選手たちを支え続けている。
井上さんは心の中に…
練習が始まる前、選手たちは必ず、練習道具と一緒に出す物がある。
卒業生が贈った、井上さん専用の「監督椅子」だ。
3年の山領莉心さんは「椅子を出すことは、みんなで話し合って決めた。先生は自分たちの中にあり続ける。ずっと一緒にバレーし続けるから」と、井上さんへの思いを語った。
「人の痛み、人の気持ちが分からなければいい選手になれないし、強くなれない。皆さんに喜んでもらえるような、それをやり続けるしかない」。生前、井上さんが語っていたことだ。
主将の田中心さんは「能力とか身長が高いとか関係なく、気持ちとか思いやりを大事にしているバレー。そういうのが“自分もここでやりたい”につながった。井上先生の人との接し方が、今の私たちにつながっている。井上先生の気持ちを責任をもって受け継いでいきたい」と語る。
目指すは春高での日本一
井上さんの指導に憧れて、県内各地から集まった最後の教え子は25人。
「仲間を思いボールを上げる。仲間を思い応援する」。全員が人を思いやり、困難を乗り越える「真実(こころ)のバレー」の精神を受け継いでいる。
インターハイはベスト16に終わったが、11月に行われた春高バレー県予選で優勝を果たし、春高バレーへの切符を手に入れた。目指すは2026年1月、東京で行われる春高バレーでの日本一だ。
1回戦で東京第3代表の八王子実践と対戦。11年連続48回目出場、全国制覇12回の名門だ。 出野監督は世代別日本代表もいる優勝候補との初戦について「ことし練習試合で対戦していて、知らないチームではない。やるしかない」と話している。
井上さんが伝え続けた「真実(こころ)のバレー」。25人の最後の教え子たちは、井上さんへ感謝を伝え、日本一を捧げるため、今日も練習を積み重ねる。
(テレビ長崎)
