韓国でADHD(注意欠如・多動症)の治療薬が“勉強に集中できる薬”として乱用され、問題となっている。
19歳以下の未成年への処方は過去5年間で2倍超に増え、現場の薬剤師は「4割ほどは正確な診断なしで処方されている」と指摘する。
過酷な受験競争で知られる韓国で何が起きているのか。受験生の保護者や、現役の薬剤師が、FNNの取材に乱用の実態を明らかにした。行き過ぎた教育熱の現状に迫る。
約55万人が挑む“過酷な受験競争”
11月13日、韓国で「大学修学能力試験」(日本の大学入学共通テストに相当)が行われた。
毎年、この日は官公庁や企業が出勤時間を遅らせ、英語のリスニング試験中は航空機の離着陸を止めるなど、国を挙げて受験生を応援する。
今年は55万人余りが受験し、7年ぶりの多さとなった。一方で、医学部の定員は減っていて、韓国の聯合ニュースは「競争が一層厳しくなる」と伝えている。
ソウル市内の試験会場では、朝7時過ぎから警察が交通整理を行う中、続々と会場に入っていく受験生の姿が見られた。
5浪目の男性も…
お受験ドラマの舞台として日本でも有名になった「SKY」と呼ばれる3つの名門大学、ソウル大学(Seoul National University)、高麗大学(Korea University)、延世(ヨンセ)大学(Yonsei University)のうち、延世大学を志望する男性は、「今、5浪目です。今年が最後と決めているので緊張もするけど、やっと終わるという気持ちもあります」と語った。
過酷な受験競争からまもなく抜け出せることへの安堵感をのぞかせていた。
印象的なのが受験生と共に会場を訪れる保護者の姿だ。
試験会場の前で我が子を強く抱きしめ、会場へ入って行く後ろ姿を涙を流しながら見送るのだ。そんな様子があちらこちらで見られる。過酷な受験競争に親子一緒になって立ち向かってきたということなのだろう。
この過酷な受験競争の中で今、ADHD(注意欠如・多動症)の治療薬を“勉強に集中できる薬”として乱用するケースが急増していて、大きな社会問題となっている。
未成年15万人超がADHD治療薬を服用
与党「共に民主党」の国会議員によると、保健当局の調査でADHD治療薬「コンサータ」などを処方された未成年(19歳以下)は、2020年の約6万5000人から2024年は約15万3000人と2.3倍超に急増している。
さらに2025年は1月から6月までで既に14万人を超え、去年1年間を大きく上回る勢いだ。その背景には “勉強に集中できる薬”としての誤った認識があり、薬の乱用が服用者の大幅な増加につながっているとみられる。
試験会場近くで話を聞くと、ある受験生の母親が、乱用の実態を明らかにした。
受験生の母親:勉強のためにADHD治療薬を処方してもらっている人はいます。
きのう(大学入試の前日)もらいに行ったという人もいます。どんな副作用が当日出るか分からないから、前もって服用するという人もいました。
検査なし5分で処方 ADHD治療薬の乱用はびこる韓国最大の塾街
韓国・ソウル南東部の江南(カンナム)区にある大峙洞(テチドン)。
多くの塾が集まり、韓国で最も教育熱が高いとして知られる場所だ。
このエリアにある病院の一つでは、去年1年間だけで85万錠のADHD治療薬が処方された。単純計算で1日平均30人に100錠ずつ処方したことになり、異例の規模となっている。
このエリアにある薬局を訪れると、店の入り口には「受験生向けの栄養剤」を紹介する広告が貼られていた。
店頭には栄養剤に加え、緊張を緩和させる薬などが並ぶ。ここで20年以上働いているという薬剤師によると、親たちのニーズから受験生向けの薬を販売するようになったという。
さらに薬剤師はADHD治療薬が“勉強に集中できる薬”として乱用されている実態を教えてくれた。
大峙洞の薬剤師:
ADHD治療薬を病院で処方されてくる人の4割が、正確なADHDの診断が出ていません。それでも子供に薬を飲ませたがる母親たちがいます。
中には医師が自ら、ADHDではない自分の子供に薬を処方するケースもあります。それだけ韓国の親たちがいい大学に行くことを重視しています。
どれくらい簡単に入手出来るモノなのだろうか。
韓国のテレビ局MBCは10月、ADHD治療薬が簡単に処方される実態を放送した。
記者が大峙洞(テチドン)の精神科病院を訪れ、医師に「試験勉強のためにADHD治療薬がほしい」と申し出ると、医師は検査や症状に対する質問すらすることなく、わずか5分でADHD治療薬を処方した。医師による安易な処方が、乱用の増加につながっている。
ADHD治療薬で勉強に集中できるはうそ
ADHD治療薬を服用すれば本当に勉強に集中できるようになるのだろうか。
韓国メディアによると、専門家は「正常な人には効果はない」と指摘する。
薬剤師も「正常な人がADHD治療薬を服用すると、副作用や中毒になる恐れがある」と警告する。ADHD治療薬は交感神経を刺激するため、交感神経を過剰に興奮させると自律神経失調症になる恐れがあるという。
我が子を思う気持ちから、“薬の乱用”という誤った選択を正当化してしまう現状。過酷な受験競争のしわ寄せを受けているのは、ほかならぬ子どもであることを忘れてはいけない。
