秋田・美郷町で10月に開かれた民謡の全国大会。全国から集まった歌い手たちが自慢の喉を競う舞台に、秋田市の女子高校生が挑んだ。目指すは優勝。三味線奏者であり、民謡の歌い手として数々の大会で栄冠を手にしてきた彼女は、祖父から受け継いだ歌声と情熱を武器に舞台に立った。
民謡との出合いは祖父の存在
秋田市の秋田北高校3年の嵯峨泉稀さん。三味線奏者であり、民謡の歌い手として数々の大会で優勝を重ねてきた彼女は、秋田民謡界の新星として注目を集めている。
嵯峨さんが民謡を始めたのは4歳の頃。きっかけは祖父・幸男さんだった。
幸男さんは、秋田追分や江差追分などの全国大会で優勝経験を持つ実力者。家にはトロフィーが並び、幼い嵯峨さんは自然と太鼓や和楽器に親しみ、気づけば民謡の世界へ。
しかし5年前、幸男さんはがんで他界。大好きだった祖父を失った悲しみは大きく、嵯峨さんは「亡くなってからより偉大さを感じるようになった」と振り返る。
学業と歌声、二つの夢
祖父の背中を追うように、嵯峨さんは歌声を磨き続けてきた。高校3年生の嵯峨さんは今、民謡を続けながら秋田県内の大学への進学を目指している。
将来は生物系の研究者を志望。祖父が「原発不明がん」で亡くなったことから、その研究に携わりたいという強い思いを抱いている。
夕方には民謡教室に通い、秋田を代表する民謡歌手・千葉美子さんの指導を受けている。
千葉さんは「素直で覚えが早く、普通の人が使えないこぶしを自在に操れる」と嵯峨さんの才能を高く評価している。
14年目の挑戦でつかんだ栄冠
10月12日に秋田・美郷町で開かれた民謡「長者の山」全国大会。当日は、全国から約100人の歌い手が集まった。
順調に決勝に進んだ嵯峨さんは、祖父の写真を胸に「きっと見守ってくれている」と語りながら舞台へ。
2024年は準優勝に終わった大会で、今年は伸びやかで力強い歌声を披露した。
審査の結果、嵯峨さんは悲願の優勝を飾り、「4歳から挑戦して14年。ようやく優勝できて涙が出た」と喜びを語った。
祖父の遺志を胸に、その背中を追って歌声を磨き続ける嵯峨泉稀さん。
研究者としての夢と歌い手としての挑戦、その二つを抱きながら、秋田の民謡界に新たな風を吹き込んでいく。
(秋田テレビ)
