アメリカでは事件現場に残された犯人のDNA解析から、犯人の似顔絵作成や親族を割り出し、犯人特定に向けた捜査が行われている。DNA解析を行うアメリカのパラボン社によると、これまでに345件以上の未解決事件がDNA捜査によって解決したという。日本でもDNAをもとに様々な捜査が行われてきた。

22年前のバラバラ殺人

今から22年前の2003年3月、東京・西多摩郡の山中で切断された女性の手首や足首、髪の毛の束が見つかった「日原街道脇崖下女性殺人事件」。捜査が行き詰るなか、少しでも手がかりを得ようとした警視庁は、女性の人種などを調べるため遺体の血液を解析した。

捜査関係者によると、女性の赤血球にある酵素の型を解析した結果、東アジアに比較的多くみられる型(PGM1型)だったという。この解析は現在のDNA鑑定が始まる前に人種の傾向などを把握するために使われていたものだ。さらに捜査員は毛髪についても調べた。女性の毛髪の太さは約0.1mmで、日本人が0.07mm~0.08mm程度のため、一般的な日本人よりやや太めだったという。当時判明したのはここまでで、女性の特定には至っていない。

元東海大学医学部客員教授の水口清氏は「当時のPGM型は分類できる型の数が少なく、人種などの識別能力は現在から見れば非常に低かった。しかし、現在は父親から受け継ぐY染色体と母親から受け継ぐミトコンドリアDNA型を解析することで、対象者の出身地を推測するなどの精度も上がってきている。対象者の出身地を推定することで捜査の参考にしたいというケースも増えてきている。警察にとって非常に手助けになると思う」と解析技術が別次元に進化したと話す。
実際、現在の鑑定ではどの程度わかるのか?

世田谷一家殺害事件 犯人の父系遺伝子

Y染色体は父親から息子だけに受け継がれる男性特有の染色体だ。
犯人のY染色体(Y-STR型)と同じY-STR型を持つ男性がいるとすれば、その男性と犯人は親子や兄弟、あるいは何代か先で共通の「男系祖先」を持つ遠い親族ということになる。Y染色体の解析は、解決の糸口が見つからない「世田谷一家殺害事件」でも行われ、父親のルーツは日本人よりも中国や韓国の可能性が高いことがわかっている。さらに、捜査関係者によると、世田谷一家殺害事件は2000人以上の男性のY-STR型を調べたものの、いまだに犯人のY-STR型と一致する人物が国内で見つかっていないことが新たにわかった。

遺伝学の専門家によるとY-STR型は日本人では少なくとも1000人に1人程度の確率で一致するという。そのため、捜査関係者は犯人が日本にルーツをもたない外国人である可能性を指摘している。実際に犯人のY-STR型と一致する人物が国内で少なくとも2人みつかっている未解決事件もあるという。

そもそも、このY-STR型の捜査は、捜査員が捜査対象とした人物がDNAの提供を拒んだり、既に日本におらずDNA鑑定ができない場合に、その兄弟や父親などのY染色体を調べることで、捜査対象者が犯人か否かを確認するために行われている。

しかし、ある捜査員は「犯人でなかったとしてもY-STR型が犯人と一致すれば、そこから犯人にたどり着ける可能性もある」と話す。しかし、この捜査は捜査員が対象者1人1人に任意で依頼するかたちでDNAを提供してもらい検査を行っているため時間が掛かる捜査だ。

一方、アメリカでは既に多くの人々から提供されたDNAデータベースが確立されていて、Y染色体を使った捜査で多くの事件が解決している。

なぜアメリカではDNA捜査が可能なのか?

アメリカのパラボン社はGEDmatchやFamily Tree DNAなど民間のデータベースに登録されたDNA情報をもとに犯人や身元不明遺体の特定に向けた解析を行っている。これらのデータベースはいずれも利用者が自発的に自分のDNAを検査・登録することで家系図を作成したり、遠い祖先や親族を探すことができるもので、340万人以上のDNAがデータベース化されたものだ。いずれのサイトも利用者の同意のもとに犯罪捜査にも活用されているが、州法によっては規制されている場合もある。

米パラボン社が作成したゲノムモンタージュ 右側が実際の犯人の写真
米パラボン社が作成したゲノムモンタージュ 右側が実際の犯人の写真
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パラボン社はこれらのサイト上の無数のDNA家系図と犯人のY染色体を含むDNAを解析することで、犯人の親族を見つけ、その情報をもとに警察が事件現場と居住地が近い人物や、推定年齢などから犯人を絞り込んでいるという。さらに、パラボン社はDNAをもとに犯人の似顔絵も作成し、実際に捜査に活用されている。

日本でのDNA捜査には課題も

警察庁はDNAについて「身体的特徴や病気に関する情報を含む部分は使用しない」としているため、日本ではDNA解析から似顔絵の作成などは許されていない。また、アメリカの様に犯人を特定するためにはDNAデータベースが必要になるが、警察幹部は「事件と関わりのない国民のDNA情報を警察が管理するとなれば議論になり実現は難しい」と話す。

警察庁の楠芳伸長官はフジテレビのインタビューに「外国での活用事例を研究することにあわせて、プライバシーの問題に懸念を抱く人もいるので、どう折り合いをつけていくか検討していくテーマ」とした。

アメリカでは1986年にバージニア州で見つかった女性の遺体について、DNA捜査により34年後に身元が特定されるなど、事件の犯人だけではなく長期身元不明遺体にも活用されている。

殺人などの長期未解決事件は、日本国内で371件(2025年2月末時点)に上る。世田谷一家殺害事件はもとより、人々の記憶に残っていない日原街道脇崖下女性殺人事件のように被害者の特定すらできていない長期未解決事件にも、DNA解析と似顔絵作成技術が活用され、解決の糸口となることが期待される。
(執筆:フジテレビ社会部 林英美)

林英美
林英美

フジテレビ社会部警察庁担当。
これまでに警視庁捜査一課担当、サブキャップ、文部科学省などを歴任。