地方移住への関心が高まる中、福井・南越前町の河野(こうの)地区が注目されてる。兵庫や岐阜から移住した個性豊かな3組の家族を追った。
2組目は、兵庫県川西市から移住した杉田さんファミリー。「どの仕事も長続きしなかった」という夫が、幼い頃の夢だった漁師になるために移住。その夫がとった新鮮なタコを使って妻がたこ焼きのキッチンカーを開業した。困難に直面しながらも、家族の幸せを第一に、しなやかに夢を実現していく姿を追った。
漁師になりたい…夫の夢を追い移住
杉田勇気さん(38)は10年前、漁師になるため夫婦で南越前町の河野地区に移住してきた。現在は3人の子供も一緒に暮らしている。勇気さんは定置網の乗組員として働く傍ら、タコ漁師もしている。

勇気さんが漁師になることを決意したのは、仕事に悩んでいた時期だった。「長続きしなくて仕事を転々としていた」と話す勇気さん。幼い頃の夢“漁師になりたかった”のを思い出し、静香さんに話すと「そんなら行こうか」と背中を押してくれたという。

勇気さんが所属する定置網組合の坂下祐二組合長は「大助かりです」。定置網の乗組員の7割は地区外の人だという。町の漁業を支えているのは移住者たちという現状があるのだ。
キッチンカー開業準備も…妻が大病に
2025年6月には、たこ焼きのキッチンカーを始めた。その名も「すぎたこ」。「僕がとった新鮮なタコを使ってるんで、めちゃめちゃ美味しいと思いますよ」と笑顔を見せる勇気さん。

タコは生のまま生地と一緒に焼き上げる。粉とだし、天かすだけのシンプルな大阪風で、新鮮なタコの旨味を最大限に引き出している。トッピングやソースの種類も豊富で、さまざまな味わいが楽しめる。

静香さんは関西でたこ焼きを食べても「タコが美味しいと思ったことがなかった」という。しかし、勇気さんがとるタコを食べて初めて「タコってこんなにおいしい食べ物なんだ」と感じたという。

キッチンカー開業は、勇気さんと静香さんにとって大きな挑戦だった。新車の軽トラックを購入し、設計からすべての改造を手掛けた。たこ焼きの味も決まり、いざ開業、となった矢先に―
「私が病気して1年遅れました」。
静香さんに胃がんが発覚したのだ。

胃を全摘出し抗がん剤治療をした時は、一緒に丸刈りにするなど精神的にも支えた勇気さん。さらに「キッチンカーをやった方が前向きになれるやろう」と静香さんの挑戦を後押しした。

静香さんは「お金かけて、全然お客さん来なかったらどうしよう。子供もおるし」と迷いもあったというが「まだ働ける年やし、何とかなるかという感じで」と、当時の心境を振り返る。
地元でも人気のたこ焼き店に
静香さんの心配をよそに、店は開店と同時に大盛況。多い日には100食以上が売れるという。漁師仲間は「スギちゃんがとってきたタコなんで。地のものを使ってるっていうのがやっぱいいね」と常連客になっている。

静香さんは、次女は「ママと一緒にたこ焼きやりたい」と言ってくれることに喜びを感じつつも「自分らの好きなことをやってくれたらいいかな」と温かく見守る。

夫がとったタコを使って妻が焼く唯一無二のたこ焼き。思い切った移住は、地域に根差した生活へとつながっていた。