近年のコメ価格高騰が岩手県内の酒造りに深刻な影響を与えている。特に酒米価格の急騰により、伝統ある酒造りの継続が危ぶまれる状況だ。紫波町の吾妻嶺酒造店では、この危機を乗り越えるべく、地元農家との直接契約や県立農業大学校との連携による循環型農業という新たな挑戦を始めている。ユネスコ無形文化遺産にも登録された日本の伝統的酒造りを未来へ繋ぐため、老舗酒蔵の模索が続いている。
2倍超に跳ね上がる酒米価格
2024年にユネスコ無形文化遺産に登録された日本の伝統的な酒造り。その伝統を守り続けてきた岩手県内の酒蔵が今、かつてない苦境に立たされている。原因は酒米価格の急騰だ。
JAが農家に支払う概算金で見ると、酒米「吟ぎんが」は60kg当たり3万1000円と、2年前の2倍以上にまで跳ね上がった。

日本最大の杜氏集団「南部杜氏」発祥の蔵とされる紫波町の吾妻嶺酒造店。
1684年創業の県内最古の蔵を守る第十三代蔵元・佐藤元さんは危機感を募らせる。

「業界の諸先輩に聞いても、この原料米でこれだけ慌てることが『過去記憶がない』と言う。本当にこれは我々の業界では"国難"」と佐藤さんは語る。
酒米は品種特性上、倒伏しやすく栽培に手間がかかるため、もともと生産農家は多くない。

また、近年の主食用米の高騰により、栽培しやすい主食用米に転換する農家が増えることも懸念されている。
県酒造組合の久慈浩介会長は「食べる米にシフトした方(農家)がいることによって、酒米が足りない」と状況を説明する。
業界全体で、危機感はかつてないほど高まっている。
地元農家との直接契約に活路
このような苦境を打開するため、吾妻嶺酒造店は地元農家との新たな取り組みを始めた。
紫波町内の農家・佐藤和典さんと、JAを介さずに直接コメを仕入れる契約を結んだのだ。
佐藤和典さんが栽培する「ひとめぼれ」の一部を酒造り用のコメとして出荷してもらう取り決めで、通常のルートより2割程度価格を抑えられるという。

「主食用米の値段が高いが、地元の酒蔵から話をいただいたので、力を合わせて一緒にやっていきたい」と佐藤和典さん。
蔵元の佐藤元さんも「金銭的にもびっくりした金額ではなく、安定した価格で供給いただけることがかなって、ありがたい話だと思っている」と話す。
農業大学校と連携した循環型農業
さらに吾妻嶺酒造店は、2025年から金ケ崎町の県立農業大学校との連携による「循環型農業」に挑戦している。
製造工程で出る酒かすを農業大学校に提供し、大学校で飼育するウシのえさに活用。
そのウシのふんから堆肥をつくり、その堆肥を使って約40アールの田んぼで県オリジナル品種の酒米「ぎんおとめ」の栽培を始めた。

猛暑と渇水という厳しい条件の中でも、学生たちは細心の注意を払って水や肥料の管理に取り組み、見事に立派な稲穂を実らせた。
蔵元の佐藤元さんは「僕の長い蔵元経験の中から見た酒米として、非常に良いものができた」と評価する。
収穫では学生たちが順番にコンバインに乗り込み、稲穂を刈り取った。

県立農業大学校・農産経営科1年の川村嵩さんは「すごく楽しかったし、酒米という新しいことに挑戦できたのも良い経験になった」と笑顔を見せた。
吾妻嶺酒造店では今後、学生たちが丹精込めて作った米で酒を仕込み、2026年2月の完成を目指している。
「酒米を取り巻く今年の状況は厳しいが、ここ最近で一番の緊張感とワクワク感で、おいしい純米酒が作れればと願っている」と語る佐藤元さん。

酒米の仕入れが困難を極める中でも、酒造りの伝統を守り抜き、さらなる活性化を目指す老舗酒蔵の挑戦は続いている。