公園や駅前で見かける裸婦像。その存在をめぐり、今、全国で撤去や移設の動きが広がっている。
芸術か、それとも性的か。“平和の象徴”として公共の場に設置された裸婦像は価値観の変化によって議論を呼んでいる。
撤去理由は「少女の裸が刺激的…」
香川・高松市の公園に立つ2体のブロンズ像。木もれ日の中、背筋をすっと伸ばした少女たちが裸で向かい合っている。作品名は『女の子二人』。1989年ごろに設置され、長年市民の目に触れてきたが、2025年8月末に撤去されることが決まった。

理由は「少女の裸が刺激的では」「性的ではないか」という意見が多く寄せられたためだ。
高松市公園緑地課の岡田光信課長は「当時は美術の流行として受け入れられたが、最近は小学生から『見ていて恥ずかしくなる』という声もある」と話す。未成熟な少女像は同世代の子どもたちに“自分がさらけ出されている”かのような感覚を呼び起こし、それが抵抗感につながっているのかもしれない。
公園のリニューアルに合わせ、少女像はこの場所から撤去されることになった。高松市は別の場所への移設も含め調整していくとしている。
作者は「裸を卑しめないでほしい」
作者は94歳の彫刻家・阿部誠一さん。瀬戸大橋の完成を記念して制作したという。

「作品は海峡を挟んで呼びかけ合う子どもたちを表現した。幼い子が成長していく姿を地域の発展に重ねた」と語る。
“性的である”などの撤去理由については「残念、極めて残念です。裸を軽蔑してはいけない。女性の体を卑しい、恥ずかしいとすることには抗議したい」と強い思いを口にした。
価値観の変化が突きつける問い
こうした議論は広島とも無縁ではない。

広島駅北口にある裸婦像は広島出身の彫刻家・圓鍔勝三氏の作品で、題名は『朝』。新しい朝を迎える希望や生命力を表現していると考えられる。
また、広島市中区の平和大通り沿いにも裸婦像が立っている。

なぜ裸婦像が街中に置かれるようになったのか?
亜細亜大学の高山陽子教授は「戦前は日本各地に軍人や政治家の銅像が多くあった。戦後は代わりに女性像が“平和の象徴”として設置され、1970年代にはパブリックアートを置くと街が文化的になるといわれ女性裸体像が増えていった」と解説する。
かつては“平和の象徴”として受け入れられた裸婦像。しかし今は「性的に見えるのでは」といった意見もある。裸婦像をめぐる議論は、公共空間における表現のあり方と社会の価値観を考えるきっかけとなりそうだ。
(テレビ新広島)