「惜しまれて死にたい」という願望は多くの人に共通するだろう。
しかし現実は、周囲を疲弊させながら生き続けることに苦しさを覚える人も少なくないようだ。
とりわけ、認知機能の低下により自らの意思を表明できなくなったとき、人は「どのように死ぬか」すら選べなくなる。
そんな現実を見つめ続けてきたのが、長年がん患者の治療に携わってきた医師・里見清一氏である。
彼は著書『患者と目を合わせない医師たち』の中で、癌専門医たちが一様に「死ぬなら癌がいい」と望むと述べている。その内容を一部抜粋・再編集して紹介する。
癌告知が一般的でなかった昭和の時代、告知反対の根拠の一つが「患者が悲観して自殺する」だった。
実際に、告知されて病院からの帰り道に電車に飛び込んでしまった、なんて例はあったそうだ。

「治る可能性の高い早期癌で、そう説明しても、やはり自殺してしまう患者がいる」とも強調された。
患者の命を差別するではないが、やはり「癌は治せたのに」で自殺されると「もったいない」と感じる。
「告知は当たり前」の時代…自殺は合理的?
今や癌告知は「当たり前」だが、むろん患者の不安や恐怖は消失していない。
では、手術まで持ち込んだ後はどうか。
ボストンの外科医であるポッター博士らが集計した結果が報告された。
それによると、0.08%の癌患者が術後に自殺していて、その率が高い癌は頭頸部や食道、膀胱、膵臓などである。

これらは大きな手術が行われるので、術後の身体の変わりようを悲観する患者も多いのだろう。
ポッター先生たちは術後患者の精神的サポートの重要性を強調するが、メリーランド州の精神科開業医であるハインリックス先生という方が異を唱えた。
ハインリックス先生は、自殺は鬱病などの精神的問題や社会のサポートの欠落の結果だけではなく、予後が悪い患者が現在もしくは将来の苦痛を避け、自己の尊厳を保つための合理的な行動なのだと主張した。
その証拠として生存率が高い癌では自殺は少ない。