二人きりになってもなんともさっぱりしたもので、色気の「い」の字もない。
身体に触れるどころか、自分から近づきもしない。話しかけなければ黙っているばかりである。ただひたすらに、酌をするお蜜のことをじっと見ているのだという。
お蜜を閉口させた義一の行動
芸者を贔屓(ひいき)にする、いわゆる「旦那」のなかには世話だけして手をつけない者もいるにはいるが、それにしても義一のやり方は奇異だったのだ。
そのうち、呼ばれる宴会で贅を尽くした料理を用意されお蜜も共に食べることを求められ、さらに重ねて芸者や幇間(ほうかん)も呼び、大宴会が催されるまでになった。
お蜜もこれには閉口したらしい。
芸者として宴席の酒食を共にするのはできなくはない が、同業者まで呼ばれて自分が「客」扱いを受けるので は仕事仲間からの評判も落ちてしまう。
挙句、お蜜は義一を気味悪く感じるようになっていた。当たり前である。
お蜜にしてみたら、連日、座敷に呼ばれて仕事を与えられたうえ、その仕事をしなくてもよく、さらには賛を尽くしてもてなされる。
それでいて色目当てではないのだから、 義一が何を考 えているのかわからないのだ。そのうちに、義一の座敷に呼ばれる夜も、仕事をしていない昼間も、得も言われぬ不安にかられるようになったそうである。
そうして、明るさが信条のお蜜が、だんだんと心が病みついたように元気がなくなってきた。
結果、お蜜は義一を避けるように「居留守」を使うようになった。