長崎県は離島や半島にある小規模の高校を対象に、「遠隔授業」をスタートさせた。専門教員による質の高い授業をオンラインで提供することで地理的ハンディを克服し、未来の学びのスタンダードとなる可能性を秘めた取り組みだ。

新しい学びの形「モニター越しの遠隔授業」

九州の最北端に位置する国境の島・対馬。対馬市豊玉町(とよたままち)にある県立豊玉高校を訪ねると、授業を受ける生徒の視線の先には「モニターに映し出される教員の姿」があった。

モニターに映る教員から授業を受ける生徒たち
モニターに映る教員から授業を受ける生徒たち
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対馬から遠く離れた本土の遠隔地で教員が授業を行い、その様子を配信する“遠隔授業”だ。長崎で2025年度から小規模の高校を対象に、動画配信やチャットでのやりとりなどを、「ICT=情報通信技術」を活用して始まった。

モニターに映し出される授業の様子
モニターに映し出される授業の様子

豊玉高校では、英語、数学、情報の3教科を週に11回配信している。対面と遠隔、両方の授業を取り入れることで、就職や大学進学、看護系への進学など多様な進路希望に応じた学習が可能になった。

この日の遠隔授業は数学。大学進学を目指した生徒への授業が配信された。これまで大学進学を目指す学生は、自宅から離れた高校や島外の高校に進学していたが、遠隔授業を取り入れることで自宅から通える高校で希望する進路に沿った授業を受けることができるようなった

対面と遠隔、両方の授業を受けることが可能
対面と遠隔、両方の授業を受けることが可能

進学を希望する生徒は、「わざわざ島外に出なくても、ここで進学のための授業が受けられる」と、進路の幅が広がることへの期待を膨らませる。

教員不足を解消し、教育の質の向上を目指す

授業は大村市に2025年4月に開設された県遠隔教育センター、通称「DECTT(デクット)」から配信されている。「DECTT(デクット)」は、「Digital Education Center for Tele-Teaching」の頭文字で、長崎弁の「できる」の意味が込められている。

遠隔教育センター「DECTT(デクット)」
遠隔教育センター「DECTT(デクット)」

センターには7つのスタジオがあり、数学、英語、理科、情報、商業の5科目の授業を専門の教員が担当している。

7つのスタジオから5科目を配信
7つのスタジオから5科目を配信

遠隔授業は9つの高校が取り入れている。どの学校も離島や半島地域にあり、1学年1クラスの小規模校だ。

遠隔授業の配信校
遠隔授業の配信校

遠隔授業が始まった背景には、離島や半島地域が多い長崎ならではの課題があった。県内の高校などへの進学者数は減少の一途をたどり、2024年はピーク時の半分以下の約1万1800人。それに伴い小規模校の数も増えている。小規模校は教員の人数が少なく、全ての教科や科目に教員を配置することができないという課題を抱えている。

豊玉高校では 物理の教員が化学や生物を教えることも
豊玉高校では 物理の教員が化学や生物を教えることも

豊玉高校の全校生徒は39人で、教員は県内で最も少ない9人。物理の教員が化学と生物も教えるなど、科目によっては専門の教員が配置されていないのが現状だ。遠隔授業は教員不足の解決を目指してスタートした。

県遠隔教育センター松尾賢志教頭は、「遠隔授業が教員不足を解決し、県内どこに住んでいても子供たちに均等な学びを与えられるような存在になってほしい」と話す。

大学入学共通テスト対策にも

「DECTT」を通じた遠隔授業の導入を加速させたもう一つの理由が、「大学入学共通テスト」だ。

2025年からほぼ全ての国立大学の受験で「情報」が必須科目となった。しかし小規模校では情報の専門教員がいない高校がほとんどで、別の科目の教員が情報の授業を受け持っている。

共通テスト対策で情報の授業も
共通テスト対策で情報の授業も

「情報」が共通テストの必須科目になったことから、県は教育格差をなくそうと遠隔授業の本格的な実施を早めた。

遠隔教育センター開設にあたって参考にしたのが遠隔授業の先進地と言われる北海道だ。現在、道内の32校で遠隔授業を配信していてる。さらに大分県と鹿児島県でも2025年度から遠隔授業が始まり、その重要性は今後増していくものと思われる。

教育効果として“同じ価値”を目指す

環境による差が教育の差につながらないよう導入された長崎での遠隔授業。しかし通信状況によっては声がうまく拾えずやりとりに行き違いが出たり、生徒への声かけが直接できなかったりと、指導する教員は対面授業との違いに戸惑いを隠せない。

教員は対面の違いを感じつつ、試行錯誤で遠隔授業を行っている
教員は対面の違いを感じつつ、試行錯誤で遠隔授業を行っている

DECTTの教員は年に2回現地でも直接生徒に指導し、効果的な遠隔授業の方法を試行錯誤している。

長崎大学教育学部 倉田伸准教授
長崎大学教育学部 倉田伸准教授

教育現場の課題解決について研究する長崎大学教育学部の倉田伸教授は、「教育効果」としての「同じ価値」に目を向けるべきだと話す。遠隔授業の発展は生徒の成長のきっかけにつながり、オンラインでの働き方がスタンダードになっていることもあり、可能性が広がると期待を寄せる。

長崎大学教育学部 倉田伸准教授:対面の教室と遠隔授業を比較すると、それは対面の方がいいが、同じ『形』を目指すのではなく、同じ『価値』を目指すのが大事。今後は配信型のオンライン授業だけでなく、アーカイブ、動画の提供や、SNSでの意見交換、部活動や学校行事に使う可能性がある。オンラインでの仕事や働き方がスタンダードになっているので、オンラインを使って学ぶ機会を子供の頃から体験することは、未来に向けた学びとして非常に重要だと思う。

「DECTT(デクット)」で配信を担当する教員は現在7人だが、今後は増員し、対象校も拡大したい考えだ。

(テレビ長崎)