ナゾの米国企業「甲骨文」の正体

このところ注目されている中国発アプリTikTokの米国事業をめぐる問題。当然中国でも大きく報じられているのだが、中国メディアのニュースサイトをチェックしているとこんな見出しが飛び込んできた。「“甲骨文”がTikTokと協議」―歴史の授業で習ったあの「甲骨文字」?カメの甲羅や動物の骨に掘られた現存最古の漢字のこと?!

TikTokのニュースに関心がある方はピンと来るかもしれないが、この「甲骨文」とはアメリカのIT大手「オラクル」社のこと。Oracleという英語は「神のお告げ」と言う意味だ。中国進出の際、英語の意味をベースに「占いに使われた古代文字→甲骨文」と連想を膨らませ現地用の社名に取ったようだ。

「甲骨文」のオフィスは“中国のシリコンバレー”北京・中関村にある(左)、マイクロソフトは「微軟」(右)
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こんな古めかしい名前の会社が、若者に人気のアプリの運営に関わることになれば、ちょっと面白い気がする。ちなみにオラクルと並んで買収協議の相手方として名前が挙がった米マイクロソフトの中国名は「微軟」。こちらは微=マイクロ、軟=ソフトというド直訳だ。(ちなみに中国語で「ソフトウェア」は「軟件」と言う)

どうやって漢字表記?海外企業のあの手この手

カタカナのような表音文字はなく、原則すべて漢字で固有名詞を表現する中国。漢字文化圏である日本の企業の場合、トヨタ自動車が「豊田汽車」(発音はトヨタではなくフォンティエン。汽車は自動車の意味)など、比較的すんなり中国語名にできる場合も多い。

一方欧米などの企業は巨大市場で受け入れられるよう中国語名に様々な工夫を凝らしていて、その手法は大きく2つのパターンに分けられる。

看板の文字は「上汽大衆」。上汽はVWの合弁先「上海汽車」のこと

“直訳・意訳”パターン

まずは同じ意味の漢字に置き換える“直訳・意訳”パターン。中国文化に当てはめて“超訳”した「甲骨文」はかなり異色だが、前出の「微軟」(マイクロソフト)のほか、アップルの「苹果」(リンゴの意味)あたりが代表格だろうか。

GE(ゼネラルエレクトリック)やGM(ゼネラルモーターズ)の「ゼネラル」は広く使われるという意味の「通用」と訳され、それぞれ「通用電気」「通用汽車」の名前で定着している。

ドイツ語で「国民車」を意味する「フォルクスワーゲン」の中国語名はズバリ「大衆汽車」なのだが、その名の通り中国市場に広く浸透し中国での新車販売台数のシェア1位を誇る。この中国市場での大成功が、いまドイツと中国の距離感を難しくしている要因でもあるのだが…。

運営会社は2017年「金拱門」(マックのロゴ、ゴールデンアーチのこと)に改名した

“音訳”パターン

もう一つのパターンが、原語の音に合わせて漢字をつける“音訳”だ。「麦当労」(マイダンラオ→マクドナルド)、「索尼」(スオニー→ソニー)など多数あるが、漢字の選び方にひとひねりしているものも多い。

有名なのがコカ・コーラだ。1920年代の中国初進出時「蝌蝌啃蝋」(クークーカンラー)という字を当てたのだが、オタマジャクシ(蝌蚪)がロウソクをかじる(啃蝋)、というような怪しげな意味に取られたのがよくなかったのかさっぱり売れなかった。

それが「可口可楽」(クーコウクール―)―「可口」(おいしい)「可楽」(楽しい)―に改名するなり大ヒットしたという。日本のユニクロは中国本土に700店以上を展開しているのだが、「優衣庫」(ヨウイークー)という、いかにもいい服が見つかりそうなネーミングも成功に寄与していそうだ。

「必勝客」で「ピザハット」。発音も意味もぜんぜん違う

ハイブリッド版

音と意味の2つのパターンのハイブリッド版というのもあって、スターバックスは「星巴克」(シンバーク―)と、「スター」は直訳、「バックス」は音訳だ。ちなみにスターバックスの名前の由来は、メルヴィルの小説「白鯨」に登場するコーヒー好きの航海士「スターバック(Starbuck)」と、シアトルの南西部に位置するレーニア山の鉱石採掘場「スターボ(Starbo)」から取られたというが、中国語名にはこの点は全く反映されていない。

一方、音訳タイプではあるが語感を重視しすぎ?とも思えてしまうのが「ピザハット」。中国語名は「必勝客」(ビーシャンクー)で、なんだか強そうで勢いがある字の並びではあるが、ピザ(中国語では比薩、ビーサー)や小屋(ピザハットのハットはhat=帽子ではなくてhut=小屋だそうだ)とは意味も発音もずいぶん違う。英語のロゴと漢字のロゴが並んでいても違和感がないのだろうか。

いずれにしても、海外の企業が中国の消費者へのウケを強く意識して、ローカル化を図ってきたことがよくわかる。

中国包囲網強化でオモシロ中国語名は―?

北京市にあるバイトダンス本社

さて、「甲骨文」と提携協議を進めているTikTokだが、開発元の中国企業の社名は「字節跳動」で、海外用の社名はこれを意訳した「バイトダンス」。アプリの名前は中国国内ではTikTokではなく「抖音」(ドウイン、音楽用語の「ビブラート」の意味)と使い分けている。米中対立のさなかトランプ政権に目をつけられると、バイトダンスは「TikTokとドウインは別物だ」として安全性を強調していた(実際TikTokは競合サービスを買収・統合した経緯があり、ドウインとは一部機能が異なる)。

今後さらに中国包囲網が強まれば、グローバル企業のビジネス展開にも大きな影響が出るし、中国で外資企業が敵視されるケースも増えるかもしれない。もし今後、中国向けと海外でまったく違う名前にしたほうが有利だとなって、工夫をこらした絶妙な中国語名を目にする機会が減ってしまうと、少し寂しい気もするが…。

【執筆:FNN北京支局 岩佐雄人】