多種多様なグループがしのぎを削るK-POP界で、最近デビューしたばかりのボーイズグループ「1VERSE(ユニバース)」が世界から注目を集めている。その理由はメンバーの出身地。アメリカ出身のケニーとネイサン、日本出身のアイト、そして北朝鮮出身の「脱北者」であるヒョクとソクという、かつてない異色の“多国籍”グループなのだ。かつては触れることすら許されなかった韓国文化の“ど真ん中”に飛び込んだ脱北者と、様々なルーツを持つメンバーたちが今、K-POPの世界に新たな風を吹かせようとしている。
異色の“多国籍”グループ「1VERSE」デビュー
7月18日午前0時。ソウルの繁華街・江南のライブハウスで、1VERSEのデビューショーケースが始まった。爽やかで親しみやすさを感じさせるサウンドが特徴の代表曲「Multiverse」や、クールなダンスやラップが見どころのデビュータイトル曲「Shattered」など合計3曲が披露され、会場に集まったファンから歓声が上がった。

1VERSEはアメリカ人のケニー、ネイサン、日本人のアイト、そして北朝鮮出身の「脱北者」であるヒョクとソクの5人組ボーイズグループだ。韓国の大手芸能事務所SMエンターテインメントから独立したチョ・ミシェル氏がプロデュースし、楽曲制作にはメンバーたちも携わっている。

ショーケースのステージでメンバーたちは、少し緊張した表情を見せながらも、この日を迎えた喜びをファンに向けて語った。
アイト:
震える気持ちです。
ソク:
本当にこの日が来たんだなと思いました。いざ舞台に立つとやはり緊張しますが、たくさん応援してください。
ヒョク:
最初は自信もなく、何から始めればいいのかも分かりませんでした。でも練習しながら何かが見えてきて、楽しくなってきて。このままやれば、スターズ(ファン)と一緒ならできるという気がしています。
“9歳から物乞い生活”脱北者メンバーが語る北朝鮮での生活
7月中旬、取材のためソウル・江南区にある事務所に訪れると、少し手狭ではあるものの、スタッフやメンバーが撮影などの準備のためにせかせかと歩き回っていて、活気ある空間が広がっていた。メンバー同士の会話は、韓国語、英語、そして少しの日本語が飛び交い、多様なバックグラウンドを持つグループであることを改めて感じさせた。

ケニー:
みんなで話すときは英語、韓国語、あとはパパゴ(翻訳アプリ)を使って…。
ネイサン:
時々アイトから日本語を学んでいます。
アイト:
最初は報道のせいもあり、(ヒョクとソクが)北朝鮮の人と聞いた時、「おおお…」という反応だったんですけど、実際に会って感じたことは、(自分たちと)何も変わらないんだなということ。とても優しくて面倒をみてくれます。
ヒョク:
お互いの文化をリスペクトして、教え合い、学ぼうと努力しています。

1VERSEのラップ担当、ヒョク(25)は北朝鮮北部の咸鏡北道で生まれ、2013年に脱北した。北朝鮮では生活のために幼いころから働いていたため学校はたまにしか行けず、その日の食事すらままならない厳しい暮らしだったと明かす。
ヒョク:
9歳の時から外で物乞い生活をしながら悪いこともたくさんしました。まきを集めに山の中を何時間も歩き、お金になることや食べていくためなら、何でもやりました。韓国の土地、他の土地があることすら知りませんでした。「夢」というのは想像することすら難しいものでした。

グループの公式YouTubeで公開された、ヒョクとソクの会話でも、かつての生活がうかがえる場面がある。
ヒョク:
北朝鮮料理の中で一番自慢するのが平壌冷麺です。
ソク:
一度に5杯も10杯も食べる人もいますね。
ヒョク:
平壌冷麺…、僕は一度も食べたことがありません。
ソク:
でも平壌市民には、月に一度食堂に行かせてあげるというのがあるんです。
事務所スタッフ:
平壌にいる人たち?
ソク:
はい、平壌住民だけ。
(「1VERSE」公式YouTubeより)
さらに映像では、空になった蜂蜜の容器を振りながら笑顔で語る、ヒョクの言葉が印象に残る。
ヒョク:
北朝鮮では、この状態で捨てることは考えられません。まだあと1週間は味わえますよ。プラスチックの味が染み出るまで。

ヒョクは脱北後、韓国で出会ったラップに魅了され独学で練習を重ねていく内に、現在の事務所の代表にその才能を見いだされた。今では他のアーティストの作曲にも携わっている。
“人間らしく生きる方法を教えてくれ”というリリックが際立つ、デビューショーケースでも披露された「Ordinary Person」。ヒョクが作詞・作曲・MCを務めたこの曲は、北朝鮮出身という自身のルーツから生まれている。
ヒョク:
歌詞というより、記憶したい過去をメモしておくのが好きです。「ordinary person」、普通の人。私はいつも平凡に人間らしく生きるのが夢だったんです。その夢を楽曲に込めました。会社に入ってメンバーたちに会って、練習して、ファンができて、“コミュニティ”ができました。所属感を感じるようになり、私を普通に生きていけるようにしてくれました。

もう一人の北朝鮮出身者でボーカル担当のソク(25)は、中国との境界付近の町で育ち、2019年に脱北した。比較的裕福な家庭で育ち、ノートパソコンなどで韓国の音楽も聞いていたという。
ソク:
記憶に残っているのは f(x)の「LA chA TA」という曲です。PSYの「江南スタイル」も見たし、SUPER JUNIORの「sorry sorry」など、いろいろ見ました。

北朝鮮では、2020年に韓国のドラマや音楽の視聴を厳しく禁じる法律が制定されるなど、近年、外部文化の排除を強く推し進めている。北朝鮮では触れることすら許されず密かに聞いていたK-POPだったが、その音楽に魅了された経験が、ソクがアーティストを志すきっかけとなった。
ソク:
私は音楽にたくさん慰められたので、私も誰かの慰めになる歌を歌えるアーティストになりたいです。
「それぞれの文化から学ぶことがある」 多様なルーツがグループの「魅力」
使いこなせる言語もルーツも異なる5人だが、メンバーたちはそれぞれの違いがグループの魅力につながっていると実感している。

ネイサン:
私たちはお互いに異なる文化的背景を持っているので、それぞれの文化をチームに持ってくることができ、お互いから学ぶことができます。
アイト:
それぞれ来ている国が違うし言葉も違うけど、1VERSEにしかできないコミュニケーションの中で、みんなで作りあげていくのがかっこいいと思います。
ケニー:
私たちは多様な感情を見せることができるので、それを世の中の人々に見てもらいたいです。

所属事務所のチョ・ミシェル代表も、彼らの違いから生み出されるメッセージに期待を込める。
チョ・ミシェル代表:
全く意図せずこのように多様な国籍のメンバーが集まりました。『私たちがどこから来たとしても、みんな人間。同じ人間なのだから幸せになろう』伝えたいのはそんなメッセージです。

北朝鮮出身のヒョクとソクにとっては、ここまで道のりは決して楽ではなかったが、自分たちの経験が誰かの原動力になればと話す。
ソク:
一から音楽を学んだので、本当に全てが難しかったです。努力すれば夢をかなえられるということを見せてあげたいし、僕の努力にインスピレーションを受ける人がいたらいいなと思います。
ヒョク:
楽曲にはチームのアイデンティティ、私たちの物語を盛り込んでいます。たくさん期待してほしいと思います。
異色の“多国籍”グループ「1VERSE」。これからのK-POP界にどのような風を吹かせるのか、注目だ。
(FNNソウル支局 柳谷圭亮)