コートにあった米粒大の穴
すると、左膝付近に2~3ミリくらいの米粒大の穴が開いていることを見つける。
はじめはタバコの火か虫に食われたものだろうと思われた。しかし捜査員はどんな小さなことでも見逃すまいと、穴の正体を探るため科学捜査研究所に鑑定を依頼した。するとタバコの火によるものではなく「極めて高温の火花による穴」であることが判明するのである。
高温と言ってもどの様な状況によって開いた穴なのかわからなかったので、東京消防庁消防研究所に穴が開いた原因について調べてもらった。
結果、消防研究所の研究官も科学捜査研究所の鑑定官と同様に「相当高温の物が飛び散った際にできる『溶融穴』である」との見解を示す。この研究官は「溶融穴」が開いた詳しい原因は、兵庫県佐用町にある高輝度光科学研究センターの大型放射光施設「スプリングエイト」で鑑定すれば手がかりがつかめるかもしれないということを捜査員に教えてくれた。
切り札のスプリングエイト
「スプリングエイト」とは世界最大級の放射光実験施設である。

放射光とは電子を光速に近い速度まで加速させて発生させる細く強力な電磁波のことだ。この放射光を対象物にあてると、そこに存在する物質の種類や構造、性質を詳しく知ることができるという。また様々な環境下で物質の構造や性質が変化した過程も探ることができるそうだ。
「溶融穴」とされる部分に何かしらの物質が残っているのであれば、その物質を「スプリングエイト」の放射光によって見つけ出し、さらにはどうしてそれが存在するのか判るかもしれない。
特捜本部は「スプリングエイト」での鑑定を切り札にX巡査長のコートの溶融穴が何故開いたのか解明することにした。
兵庫県警トップの懇願
「スプリングエイト」へのアクセスの窓口となっていた兵庫県警鑑識課を通じて鑑定を申し込んだのは、新世紀が幕を開けた2001年年始のことだった。
捜査員は施設責任者にさっそくコートの溶融穴について説明し、できるだけ早期の実験を依頼したが「スプリングエイト」は大人気で、民間企業からも実験依頼が殺到しており、実験予定は2年くらい先までびっしり埋まっていると一度は断られる。

何とか優先して頂けないものなのか、特捜本部の捜査員に同行していた兵庫県警本部長も「スプリングエイト」の責任者に懇願したという。
長官銃撃事件への当時の警察の思いは警視庁だろうが兵庫県警だろうが同じだった。この膠着・停滞した捜査を何とかして打開したいと、藁をもすがる思いだったのだ。
そのお陰もあってか、特捜本部の依頼を優先してやってもらえることになった。そして実験結果を待つこと3カ月。2001年4月に驚くべき鑑定結果が通知された。それが以下である。