「要するに、お前はつまらないかもしれない映画を2時間座って観ろと言うのか」という疑問もあろう。答えはイエスである。

つまらないかもしれない作品を黙って観て、それで名作に当たって飛び跳ねたり、駄作に当たって椅子を投げたりすることが、感性を磨くには必要である。

主観評価を積み重ねていく

そもそもあらゆる作品は、万人にとっての名作ではないし、万人にとっての駄作でもない。あなたがつまらないと思うものを手放しでほめる人もいるし、逆もまた然しかりである。こうした主観評価を何度も積み重ね、人は自分自身の価値観を知る。

私の言葉は、令和では時代遅れな「見習いは3年洗い場にいろ」といった理不尽な押しつけに思えるかもしれない。

ファスト映画では得られないものがある(画像:イメージ)
ファスト映画では得られないものがある(画像:イメージ)

そんなつもりはなくて(そもそも他者の作品を勝手に加工して摂取しようとしている時点で盗人猛々しいという意見はさておいても)、私はただ、時間をかけて、助走をつけて得られるカタルシスの最大値は、ファスト映画では決して得られないものだから、それを味わってほしいと思っているだけだ。

AIの根幹を支える機械学習においても、ポジティブなデータだけ、あるいはネガティブなデータだけでは学習は回らない。自分にとって良いものと悪いものをそれぞれ入力して初めて、自己理解というものが深まるのである。

良かろうが悪かろうが数分で終わるファスト映画は、なるほど時間の浪費というダウンサイドも小さいかもしれない。

だが同時に、感動というアップサイドも小さいのだ。しかも、本来その映画から得られたはずの初見の感動を未来永劫失ってしまうという副作用まである。暇つぶしの代償としては、あまりにも重いペナルティである。

『きみに冷笑は似合わない。』(日経BP)

山田尚史
開成中学校・高等学校を卒業後、東京大学理科一類から工学部に進学、松尾研究室でAI技術を学ぶ。2011年、ソシデア知的財産事務所に入所。12年、株式会社AppReSearch(現PKSHA Technology)を設立し、同社代表取締役に就任。21年6月よりマネックスグループ取締役、22年4月より同社取締役兼執行役。23年10月に「第22回このミステリーがすごい!大賞」大賞を『ファラオの密室』(宝島社)で受賞。

注釈:
(※1)https://forbesjapan.com/articles/detail/68739
(※2)二つのものごとを同じ次元や粒度で比べること。ビジネス用語として使われる。
(※3)https://www.toho.co.jp/company/ir/highlight
(※4)https://webtan.impress.co.jp/n/2022/11/08/43580
(※5)https://www.statista.com/statistics/1026923/youtube-video-category-average-length/

山田尚史
山田尚史

神奈川県横浜市出身。1989年生まれ。開成中学校・高等学校を卒業後、東京大学理科一類から工学部に進学、松尾研究室でAI技術を学ぶ。2011年、ソシデア知的財産事務所に入所。12年、株式会社AppReSearch(現PKSHA Technology)を設立し、同社代表取締役に就任。21年6月よりマネックスグループ取締役、22年4月より同社取締役兼執行役。23年10月に「第22回このミステリーがすごい!大賞」大賞を『ファラオの密室』(宝島社)で受賞。