トランプ大統領が打ち出す関税強化で、世界経済の先行きに警戒シグナルがともっている。                                        先週、ニューヨーク市場のダウ平均は1週間での値下がりが1300ドルを超えて、約2年ぶりの下落幅を記録し、日経平均株価も3万6000円を約半年ぶりに割り込む場面があった。

強まる関税報復合戦

トランプ政権による関税引き上げに対し、中国が報復関税などを発動、EU(ヨーロッパ連合)とカナダも鉄鋼・アルミ関税への報復措置に踏み出すことになったが、トランプ氏はさらなる報復としてEU産ワインへの200%関税を打ち出した。

トランプ大統領はEU産ワインへの200%関税を打ち出した
トランプ大統領はEU産ワインへの200%関税を打ち出した
この記事の画像(5枚)

アメリカでは貿易戦争が激しくなることで企業業績が抑えられ、設備投資などが進みにくくなる懸念が広がってきたほか、輸入品の値上がりが生活費の高騰に追い打ちをかけ、個人消費が冷え込む心配も強まっている。

ミシガン大学が14日に発表した3月の調査では、消費者マインドを示す指数が3カ月連続で低下し、トランプ氏が大統領選で勝利した2024年11月以降上昇してきた分が帳消しになった。5年先の予想インフレ率は3.9%と、約32年ぶりの水準となり、今後さらに大幅な物価上昇が起こるとみている消費者の心理状態を映し出している。

物価高と景気悪化の「スタグフレーション」

アメリカ景気をめぐり広がっているのが、「スタグフレーション」と呼ばれる現象への警戒感だ。これは、物価高と景気悪化が同時に進むというシナリオで、経済が下押しされる可能性が強く意識され始めている。         

債券市場では、景気後退の予兆とされ、長期金利が短期金利を下回る「逆イールド」の状態が発生している。国債の利回りは、満期までの期間が長いほど高くなるのが通例だ。短期金利がFRB(アメリカ連邦準備制度理事会)など中央銀行が決める政策金利の影響を強く受けるのに対し、長期金利は市場参加者による将来の見通しに左右される。長期だと償還されないリスクが大きくなることから、投資家がその見返りとして高い金利を求め、リスクプレミアムが要求される分、通常は長期金利のほうが高くなる。          

ところが、市場参加者が将来の景気後退を予想することで、短期金利よりも市場の影響を受けやすい長期金利が低下すると、逆イールドが生じる。つまり、逆イールドの発生は、この先の景気後退観測が市場から発せられていることを意味している。                                         

アメリカ債券市場では4日、長期金利の指標となる10年物国債利回りが一時4.10%まで低下した一方、3カ月物の短期利回りは4.3%台前半の水準を維持し、「逆イールド」の状態が2カ月ぶりに発生した。

マネーの逃避先「金」が高騰

FRBは、今週18日~19日にFOMC(連邦公開市場委員会)を開くが、市場では利下げを見送るとの見方が優勢だ。このところアメリカの景気減速を示す指標も出ているが、物価高が上昇ピッチを強めれば、インフレの勢いが一段と増すことへの懸念から、FRBは利下げに動きづらくなる。金融緩和が進むことで景気や株価が下支えされることへの期待はしぼみつつある。

ニューヨークの先物価格は史上初めて1トロイオンスあたり3000ドルの大台を突破
ニューヨークの先物価格は史上初めて1トロイオンスあたり3000ドルの大台を突破

こうしたなか、安全資産とされる「金」の高騰が続いている。国際指標となるニューヨークの先物価格は、史上初めて1トロイオンスあたり3000ドルの大台(約31グラムあたり約44万円)を突破した。                                       

金は、政治経済の先行きの不透明感が強まると、資金の逃避先として買われやすくなるとされる。行き場を失いつつあるマネーが”実物資産”の金に向かい、代替投資先としての金の需要が高まる局面が鮮明になっている。

「トランプ関税不況」は近づくのか

日本市場でもトランプ関税の悪影響への懸念が続きそうだ。日経平均株価は、11日に一時1000円を超える値下がりを記録するなど、トランプ政策のリスクを強く意識する場面が目立つ。

ラトニック商務長官は14日、トランプ政権が4月にも自動車に25%程度の関税を課す方針をめぐり、日本を対象から除外しないとの見方を示した。発動されれば、いまの2.5%からの大幅引き上げとなる。日本の自動車メーカーはアメリカ向けに日本からのほか、隣国のメキシコやカナダの工場からも輸出していて、すべての追加関税措置を免れるためにはアメリカ国内の工場で完成車を製造するしか方策がなくなる可能性がある。

3月18〜19日に金融政策決定会合を開く
3月18〜19日に金融政策決定会合を開く

日銀は、FOMCの開催日と同じ18〜19日に金融政策決定会合を開く。アメリカ同様、金利は据え置かれる公算が大きいなかで、今回の会合では、トランプ政権の政策が日本国内の景気や物価にどのような影響を与えるかが議論の焦点になりそうだ。植田総裁は、12日の国会で一番心配していることについて問われ、「海外の経済・物価動向をめぐる不確実性」をあげている。

アメリカの景気後退シナリオが現実味を帯びつつあるなか、「トランプ関税不況」が日本にも波及する事態になるのか。貿易戦争による経済の下振れリスクへの警戒モードが強まっている。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員