先週末、金融市場の景色は一変し、円高・株安が急速に進んだ。1日のニューヨーク市場で、円相場は1ドル=147円台前半へと3円以上急騰したほか、ダウ平均株価は一時700ドルを超えて下落した。
「9月利下げ」確率は8割前後まで急上昇
きっかけとなったのは、この日発表されたアメリカの7月の雇用統計だ。非農業部門雇用者数の伸びは7万3000人となり、市場予想の10万~11万人を下回った。
雇用の増加は医療関連に偏り、専門・ビジネスサービス分野は1万4000人減少、トランプ政権が重視する製造業は1万1000人減って、3カ月連続のマイナスとなった。労働力参加率は62.2%と、6月の62.3%から低下した。
大幅な雇用減速の結果、市場には失望が大きく広がったが、それ以上に、過去2カ月分の大幅な下方修正が、労働市場の健全性をめぐる見方を一気に懐疑的なものにさせた。6月分はこれまで発表されていた14万7000人増から、約5年ぶりの低水準となる1万4000人増に、5月分も14万4000人増から1万9000人増に、それぞれ下向きに修正された。直近3カ月の平均はわずか3万5000人の増加となり、コロナ禍後の最低水準を記録した。

アメリカ市場では、FRB(連邦準備制度理事会)が景気を下支えするため、9月の会合で利下げ再開に踏み切るとの見方が急速に広がり、9月利下げを織り込む確率が8割前後にまで上昇した。1日は、金融政策の影響を受けやすい2年債の利回りが前日比0.27%低い3.68%で終えたほか、長期金利の指標となる10年債利回りは一時4.20%と1カ月ぶりの低水準をつけた。
円相場では、アメリカ金利の急低下を受け、円買いドル売りの動きが強まった。ニューヨーク外国為替市場では、一時1ドル=147円30銭前後まで円が急伸し、雇用統計発表前と比べ3円以上の円高となった。
トランプ氏怒り…雇用統計に“政治的操作”
雇用統計の悪化に怒りをあらわにしたのがトランプ大統領だ。過去分が大幅に下方修正されたことをめぐり、自身のSNSへの投稿で「政治目的で操作されてはならない」と主張し、担当する労働省のマッケンターファー労働統計局長の解任を命じたと明らかにした。
雇用統計は、企業などからの報告が遅れがちで、過去データが大きく修正されるケースは珍しくない。コロナ禍以降テレワークが普及するなか、回収率が大きく低下したとされているほか、トランプ政権による連邦政府職員のリストラが影響し、労働省が人手不足に陥っていると指摘されている。

トランプ氏は「彼女(マッケンターファー局長)は選挙前に雇用統計を偽造し、カマラ(ハリス前副大統領)を勝たせようとした」としたうえで、「このバイデン政権の政治任命者を即刻解雇するよう指示した」と表明した。トランプ氏の主張は、労働省が2024年の大統領選の直前に、当時の民主党政権に有利になるよう雇用統計の数字を水増ししていて、今回も意図的な修正が行われたに違いないというものだと見られるが、専門家からは「政治的な介入により統計の信頼性が毀損する」などと批判が相次いでいる。
FRB理事後任は次期議長有力候補か
一方、トランプ大統領が一段と強めているのがFRBのパウエル議長に対する利下げ要求だ。 FRBは、雇用統計発表のわずか2日前に、5会合連続での政策金利据え置きを決め、パウエル議長は会見で、トランプ政権による関税措置に伴うインフレリスクを踏まえ、利下げを急ぐ必要はないとの認識を改めて示した。トランプ氏は「遅すぎるパウエルがまたやってしまった」と投稿したが、今回の会合では、ボウマン副議長とウォーラー理事の2人が利下げを求めてトランプ氏寄りの主張を展開し、内部の意見対立が浮き彫りになっている。最新の統計の結果、「雇用環境のほうを関税の影響よりも気にかけるべきだ」とする意見が説得力を増した格好となった。

FRBは1日、理事の1人クグラー氏が任期途中の8日付で退任すると発表した。トランプ氏は記者団に対し「理事のポストに空席が出たことはとても嬉しいことだ」と話すとともに、SNSに「『遅過ぎ』のパウエル氏は、バイデン前大統領が指名したクグラー氏と同様に辞任すべきだ」と投稿した。空いた理事の一枠に、トランプ大統領が意中の人物を送りこむことで、クグラー氏の後任が、パウエル氏に代わる次期議長の有力候補とみなされ、金融政策への強い影響力が意識される可能性がでてきた。
1年前の乱高下「8月ショック」の記憶
こうしたなか、警戒されているのが「8月ショック」の再来だ。2024年は、7月末にFRBが利下げ見送りを決めた後、8月2日に発表された雇用統計が想定外の悪化を見せたことで、アメリカの景気後退への警戒感が強まり、金融市場が大きく揺さぶられた。世界的株安と円相場急伸のなか、日経平均株価は8月5日に史上最大の下げ幅を記録するなど、不安定な値動きが続いた。FRBはその後、9月の会合で通常の2倍にあたる0.5%の政策金利の引き下げに踏み切った。

日経平均株価は、先週末の終値が前週比600円超安となり、一時は視野に入ったとみられていた最高値更新が遠のいている。1年前の8月の乱高下が多くの投資家の記憶に残り、アメリカ景気減速懸念や円高が売り材料となるなか、週明けの東京市場が株安局面を強めるのか、大きな関心を集めている。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)