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報道カメラマンの記録

「あの日、私は御巣鷹にいました」日本航空123便墜落事故から38年 発生直後に取材した報道カメラマンが語る“当時の記憶”

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1985年8月12日。日本航空123便は、群馬県内の御巣鷹山の尾根に墜落。乗客・乗員520人もの命が失われた。

生存者はわずか4人だった。

事故発生の翌日、フジテレビ撮影中継取材部の小林敦元カメラマンは、当時新人のビデオエンジニアとして、御巣鷹山に取材に向かった。

あれから38年…今でも鮮明に覚えていると話す、当時の記憶を振り返る。

※FNNプライムオンラインのYouTubeチャンネル「報道カメラマンの動画」で、2023年8月11日に配信されたものです。

撮影中継取材部
撮影中継取材部
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