自白ビデオ
夜のニュース番組「きょうの出来事」が「警察庁長官を撃った」と証言したX元巡査長の自白ビデオを放送したのだ。
この放送をめぐって、事件当日に銃撃そのものを目撃したあの住人から重要な証言が飛び出した。
この番組をたまたま観ていた銃撃実行犯の目撃者、アクロシティBポートの住人篠田光子(仮名※第5話-3参照 ※第24話-3参照)が、Xは見た目からして銃撃実行犯とは全く違うと訴えたのである。
Xは171センチ78キロ
Xの体型については捜査資料に写真が残されている。

身長171センチ体重78キロ。決して小柄ではないが、ぽっちゃり顔で腹回りもしっかりとした中年体型だ。

篠田の当初の目撃証言にもある「スマートな体形で、華麗な動きをしていた」実行犯とXは一致しないという。日本テレビの番組放送から2カ月後の1997年4月、特捜本部の八田警部補(仮名)が篠田の自宅を訪れた際のやり取りが捜査資料に残されている。
「犯人じゃないですよ」
「八田さん、あの元警察官の人をどう思っていらっしゃるの?捜査している警察の方には申し訳ないけど、あの人、私が見た犯人じゃないですよ。絶対。100%違います」
――(八田警部補)実を言うと、今日はその関係で来たんですよ。先日のテレビはご覧になったんですね?
「ええ偶然ですけど、チャンネルを変えていたら放映していましたから、15分過ぎくらいからですけど娘を呼んで一緒にみました」
――全然違うって、どこが違うんですか?
「私、前にも言いましたよね。『まるでフランス映画の映像みたいだった』って」

――でも調書では『体格等ははっきりしない』となっていましたよね?
「そうはっきりした説明ができるものではなかったから、全体的に真っ黒というイメージと白マスクだけお話したんですけど」
――犯人はどんなイメージだったのかもう少し具体的に言えますか?
「体型ははっきり言ってスリムな体型。スマートでしたね。体型も動きも。それを『フランス映画』って言ったんです。だからテレビ観てあのように『お巡りさん』といった感じとは全然違うんです」
――篠田さんのお巡りさんのイメージってどんなものですか?
「あのテレビの警察官の通りですよ。体格の良いズングリムックリって感じ」
――具体的な相違点はどうですかね?
「そうね。まず私が見た犯人は頭から下まで黒だったんですよね。マスクだけが白。テレビの人は『帽子がグレー』って言ってましたよね。その辺が一致しないなって。テレビ観ながら思ったんですよ」

――でも篠田さんのところから少し距離がありますよね?
「でも刑事さんが実験した時、手の肌色がすごく目立ちましたから、手の先や帽子の色が違ったら絶対に気が付きますよ。頭も手の先も真っ黒だったんですよね。だから黒の手袋していたなという印象なんです」
――その他に何か気づいたことはありますか?
「何と言っても体型と動作。私が見たのはスリムで、動きもスマート。
あの警察官のような体型とは全然違うし、あの人の体型やテレビでみた限りでの動作はスマートな動作じゃないですもんね。
上手く言えないですけれども全然別人ですよ。
娘にも『この人違うよね』って言って、この人絶対違うから川をさらっても拳銃は出ないねって話しました」
――娘さんは何て?
「『そうね』って」

――ところでこのXの年齢は何歳に見えました?
「30歳少し過ぎに見えました。違いますか?男の人の年齢って難しいですよね」
――そうですか。Xの可能性は薄いですか?
「テレビに出ていた警察官のイメージとは全然違います。ここ2年くらいで大幅に太ったんなら別ですけど」
銃撃実行犯の唯一の目撃者である篠田がXは犯人ではないと主張したことは大きかった。
東京地検もXの犯人性をあらためて調べ立件の可否を探ったが、決定的な証拠はなく、目撃情報とも一致しないXが実行犯である可能性は低いと判断する。1997年6月、立件を見送り、Xは不起訴処分となった。
【秘録】警察庁長官銃撃事件29に続く
【執筆:フジテレビ解説委員 上法玄】
1995年3月一連のオウム事件の渦中で起きた警察庁長官銃撃事件は、実行犯が分からないまま2010年に時効を迎えた。
警視庁はその際異例の記者会見を行い「犯行はオウム真理教の信者による組織的なテロリズムである」との所見を示し、これに対しオウムの後継団体は名誉毀損で訴訟を起こした。
東京地裁は警視庁の発表について「無罪推定の原則に反し、我が国の刑事司法制度の信頼を根底から揺るがす」として原告勝訴の判決を下した。
最終的に2014年最高裁で東京都から団体への100万円の支払いを命じる判決が確定している。