Xは真犯人ではない
供述をまっすぐ受け止めるのであれば、Xは正確な犯行の状況を知らなかったことが供述の随所に現れている。Xが実行犯である可能性は、低いと言わざる得ない。
しかし同時に疑問が沸く。なぜXがこんな供述をしなければいけなかったのか。
ディテールには事実と違う話がたくさんあったが、縁もゆかりもない荒川区のこれらの場所を話に挙げながら、複数回に及ぶ下見について証言した。

また、裏は取れていないがXは拳銃を寮に持ち帰り、空撃ちをしていたところを後輩警察官に見られたと自ら供述している。
Xは懲戒免職に
特捜本部は、なぜXが自ら事件に関与したと供述しなければいけなかったのか、その意図に注目せざるを得なかった。
Xが実行犯ではなく、犯行に全く関与していないのであれば、「やっていません。事件に関与していません」と言って終わりである。やっていないことをやったと供述する必要性は全くない。

少なくとも事前に長官宅周辺の下見をしていたことは、X供述と目撃証言が一致したため可能性が高いとなった。
そもそも、事件当日の犯行前後には実行犯以外にも、現場付近で複数の不審な自転車が同時多発的に目撃されている。それらの1人「危ない自転車の男」は教団幹部の矢野に似ているという女性警察官の目撃証言も出ていた。(※第9話-1参照)なぜ犯行時間帯に現場近くをうごめかなければならなかったのか。なぜその必要性があったのか。
「危ない自転車の男」とおぼしき矢野の目撃情報に始まり、矢野の供述から犯行直後にテレビ朝日にかかってきた不審電話が教団信者によるものではないかとの疑いが重なる。さらに、ニュースで公になる前に長官銃撃事件をXから告げられたとする井上供述をきっかけにXを調べると、現場での目撃情報と合致する供述や「自分が撃った」との自供が飛び出した。
とかく犯人は捜査の攪乱を招こうと意図的におかしな供述を繰り返すものである。
虚実ないまぜのX供述が、真実を隠す蜘蛛の巣のように張り巡らされつつある。肝心のXが実行犯なのかどうかについては、Xを最初から取り調べてきた栢木、石室(仮名)、山路(仮名)ら捜査員にあっても、その思いには濃淡があったが、こうした経緯から特捜本部は自然、Xや教団に疑いの目を向けていったのである。
Xは、その存在が世間に暴露された翌年1997年1月に地方公務員法違反で書類送致された。
警視庁を懲戒免職となったXは郷里に帰り、処分を待つ身となる。ちょうどその頃、1997年2月、日本テレビがXについて衝撃の放送に踏み切った。