子育て中の育児ノイローゼを絵本に救われた母親が、かつての経験をもとに絵本の専門店を開いた。店は間もなく開店から36年を迎える。子供たちの身近にインターネットやSNSの情報が溢れる現代社会。「本離れ」と言われて久しい中、「絵本の力」を信じ魅力を伝え続ける女性の思いとは…。

福岡・春日市の書店「エルマー」。子供向けの絵本などを専門に扱っている。出迎えてくれたのは、店主の前園敦子さん(78)。

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店内に足を踏み入れると、壁面や棚一面に約4000冊の絵本や児童書がぎっしりと並べられている。

突然始まる「無茶ぶり読み聞かせ会」

 

1月のある日、店内には子供や子育て中のママたちが訪れていた。すると突然、始まった恒例の「無茶ぶり読み聞かせ会」。その名の通り、店にやってくる赤ちゃんに、絵本の読み聞かせをお客にやってもらうというもの。「前園さんが『読もか~!』って言ったら『あ、は~い』みたいな感じ。ここは、そんな所だってみんな認識して来ていると思うので」。常連の母親が笑顔で話す。この書店は、単に本を売る場所ではなく、子育て世代の交流の場にもなっているのだ。

きっかけは“育児ノイローゼ”

前園さんが書店を開いた背景には、2人の子育てで悩み苦しんだ自身の経験がある。「子供を育てる時に、どう子供を育てたらいいか分からず、“子育てノイローゼ”になっちゃったの。育児書を頼りに子供を育てようとしたんですよ。どう思う?育児書通りに育たないよね!子供って」と当時を振り返る前園さん。

そして、『絵本を読み聞かせすると子供の学力が上がる』という言葉を信じ、我が子に読み聞かせを続けたという。

子供を厳しく育てようとした時期もあったと話す前園さんだが、厳しくした接した日に限って、毎日毎晩、子供が『読んで』と持ってきた本があった。1942年にアメリカで出版され、80年以上も読み継がれている絵本、「ぼくにげちゃうよ」だ。

様々な姿に形を変えて逃げようとする子ウサギと、母ウサギのほのぼのとした会話が人気のロングセラー作品。愛情たっぷりのストーリーに、前園さんは次第に肩の力が抜けていったという。「この本を読んでいる時、最後に私も優しい言葉で『おやすみ』って子供に声をかけられていた。後になって子供が、『この本を読んでる時のお母さんが、一番お母さんらしかった』と声をかけてくれた」と前園さんは当時を思い出す。

「ぼくにげちゃうよ」(ほるぷ出版)
「ぼくにげちゃうよ」(ほるぷ出版)

「絵本の力を伝えたい」と開店決意

絵本が持つ力に救われた経験から、前園さんは、子育てが落ち着いた1989年にエルマーをオープン。

子育てで大変な母親の支援をしたいという思いが強かった。店にある置いてある4000冊の絵本や児童書は、全て前園さんが目を通し、納得したものだけ。

前園さんが絵本を選ぶポイントは3つ。まずは「年齢にあった絵本」。その際、絵と文章のバランスを見ることが大切だという。次に「美しい日本語で書かれた絵本」。声に出して言葉のリズムが心地良いものを選ぶ。そして迷った時は「長く読み続けられている『ロングセラー』の絵本」だという。

開店から間もなく36年。前園さんの書店は、今や本を売るだけでなく、子育てする母親や子供たちの憩いの場にもなっている。中学時代に母親と一緒に「エルマー」に来ていたという常連の女性。今、自分が母親になり、再びこの書店を訪れているという。「何かあったら相談できる安心できる場所というか、子供たちも和気あいあい。放っておいても遊んでくれるので、前園さんが全部子供をみて下さるのでありがたいです」と感謝の気持ちを口にする。

また、子育て中のママだけでなく、学校帰りの小学生もエルマーに立ち寄る。「お帰り!早いな」と店のスタッフ。我が子が戻ってきたかのように声を掛ける。「きょうは何して遊ぶ?本読む?遊ぶ?『かるた』しようか」と前園さんが提案すると、小学6年生の男の子たちが早速、「かるた大会」を始める。

小学生らと「かるた」で遊ぶ前園敦子さん
小学生らと「かるた」で遊ぶ前園敦子さん

それが終わると前園さんに気になる絵本を読んでもらったり、時には、店の仕事を手伝ってもらうこともあるという。子供たちにとってもエルマーは、ただの本屋ではなく、気軽に立ち寄れる「居場所」になっているのだ。

「正直言って本は売れていませんが、頑張ろうかなと思っています。子供のため、ママのため、私のため。『エルマー』に来たら、心も体も元気になって帰れる。そんな空間を大事にしていきたいと思っています」と前園さんは元気に笑った。

(テレビ西日本)

テレビ西日本
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