長官銃撃事件への関与を自供
「自分のやったことに責任を取ろうよ」
石室は穏やかに促した。
するとXは「民家が両脇にあり、3階建てくらいの建物が左側に見えました」などと事件当日に車を停めた場所について唐突に話し始めた。
「車の先はT字路になっていました。ガードレールや街路樹がありました。そこで待っていると男が車に乗ってきてかなりのスピードで走って入谷駅の近くで男が降りて、その後、後部座席に乗り換えました」と逃走車両の停車場所や逃走経路についても話し始めた。

石室は「車の停車場所はどこなのかな?書いてくれるか?」と尋ねると、Xは押し黙った。
「どうした?」石室が異変に気付いた。
Xはあまりの緊張で体が硬直して動かない状態だったのだ。
石室がXの代わりに話を元に地図を描いて、図面に供述通りの説明文を書き込む。
その図面に「待っていた場所」「後部座席の男が降りた場所」と注釈をつけた。
そもそも事件発生から1年以上経過している。
「事件の後、現場を見に行ったことはあるのか?」と石室が聴くと「行っていません」という。

最初にXは車による逃走状況について話し始めた。
石室がその前にどのような行動をとったのか尋ねると、Xは「よく分からない。思い出せない」を繰り返す。
断片的ではあったが、Xが長官銃撃事件への関与を自供したことは警視総監、公安・刑事両部長など一部の幹部には伝えられ、再び水面下で大激震が走る。
しかしこれはまだほんの余震に過ぎなかったのは言うまでもない。
「逃走を助ける防衛役でした」
Xを引き続き極秘で取り調べる必要性が出てきた。
そこで池袋サンシャインシティにあるプリンスホテルの一室を借り上げることが決まる。

任意での事情聴取ではあるが、パールホテルでの取り調べとは違い最初から泊まり込みを前提とした。
国家の機能不全を狙い地下鉄サリン事件を引き起こしたオウムである。口封じのためXの命を狙うかもしれない。
X本人の身の安全を守るためにも匿う必要があった。
翌5月1日もXは勤務終了後、午後6時に警視庁本部で石室たちと待ち合わせた。
石室が「引き続き話を聴きたいので、協力してくれないか?」と聞くと、Xは「わかりました」と言って承諾する。Xからも身の安全確保のための要望書を提出させた。
この日のうちにプリンスホテルに移動し、石室は聴取を再開する。
「思い出せない部分や言いたくないこともあると思うが、自分の関わったことには責任を取って、断片的でも覚えていることは話すように」と説諭すると、Xは「オウムが何をしようとしていたか判らなかったです。私は何かあったら警察手帳を出して逃走を助ける防衛の役目でした」と初めて自分の役割について話したのである。