滋賀県警の大手柄
すぐに関東から遠く離れた滋賀県警が大手柄を上げた。

上九から多くの車が一斉逃亡してすぐの3月23日の早朝、滋賀県警のパトカーがNシステムの警報などを頼りに、彦根市内を走るオウムの逃走車両を発見する。
県警の警察官がこの車に停車を求め車の中を検索したところ、車内から複数のMOディスク(光ディスク)を発見した。

県警警察官はこれを持ち帰り、データ解析チームに持ち込んで内部のデータを見ようと試みたが、パスワードロックがかかっていて開けることができなかったという。
そうこうしているうちに、翌日24日にも幸運が舞い降りた。

県内で再び別のオウムの逃走車両が見つかり、その車の中から今度は暗号の様なものが書かれたメモが見つかったのである。
何とこれが前日に押収したMOディスクのパスワードだった。
この日のうちにMO内のデータロックが解ける。中には実に数千人分のオウム真理教の機関誌「マハラジャーヤ」の購読者リストをはじめ、教団の組織図、幹部や信者の役割分担、上九施設の見取り図、出家・在家信者の名簿、本籍、住所、生年月日などの詳細な個人情報が収められていたのだ。
「マハラジャーヤ」の購読者リストは、すなわち信者のリストを意味する。教団の実態把握のため警察が必要としていた信者の個人情報の全てが、たった1日で入手できた。
滋賀県警のこの働きは、オウムによる一連の事件の解明にとって「殊勲甲」だったと言って過言ではない。
このデータが見つかったことによって、警察はオウム真理教の実態をいち早く掴むことができた。
トップシークレットとなったX
教団の名簿発見については、3月24日その日のうちに滋賀県警から警察庁警備企画課に報告された。
翌25日、名簿に記載された人物の精査が行われたところ、警視庁本富士警察署の公安係として勤務するX巡査長の名前が見つかったのである。

この衝撃的な情報は、直ちに警察庁警備企画課理事官から警視庁公安部筆頭課長である公安総務課長に伝えられた。
全国警察を挙げて取り締まりを行っている対象団体の信者が、あろうことか警察内部にいる。
警察官とはいえ信教の自由があるため、入信自体が許されないことではなかったが、場合によっては未曽有の不祥事になる可能性がある。
この情報は警視総監、副総監以下では、公安部と職員の不祥事を捜査する警務部人事第一課の限られた幹部だけが把握するトップシークレットとなった。
すぐさま本人にも気付かれないように調査が始まる。

すると、この巡査長が地下鉄サリン事件の発生により、本富士署公安係から地下鉄サリン事件の捜査を担当する築地署特別捜査本部に派遣されていることが判明するのである。
これまでX巡査長は教団に400万円を献金しており、教祖・麻原のイニシエーションを受けていた。
こうした追加情報は、トップシークレットを知る警視庁幹部を更に震撼させる。
オウムへの捜査に関する警視庁の内部情報が、X巡査長を通じてオウムに事前に漏れていた可能性があったからだ。
【秘録】警察庁長官銃撃事件13に続く
1995年3月一連のオウム事件の渦中で起きた警察庁長官銃撃事件は、実行犯が分からないまま2010年に時効を迎えた。
警視庁はその際異例の記者会見を行い「犯行はオウム真理教の信者による組織的なテロリズムである」との所見を示し、これに対しオウムの後継団体は名誉毀損で訴訟を起こした。
東京地裁は警視庁の発表について「無罪推定の原則に反し、我が国の刑事司法制度の信頼を根底から揺るがす」として原告勝訴の判決を下した。
最終的に2014年最高裁で東京都から団体への100万円の支払いを命じる判決が確定している。