実のところ、警視庁の一部の大幹部はX巡査長がオウム信者であることについて、長官銃撃事件の直前、1995年3月から把握していた。以来、教団とどんな関わりがあったのかX巡査長を任意で極秘裏に調べていたのである。
井上の供述が出るまで、まさか現職警察官のXがオウムの一連の事件に、ましてや長官銃撃事件に関与しているとは考えもしなかっただろう。

「あのX巡査長がやはりオウムの事件に絡んでいたのか」
X巡査長の存在を密かに知っていた警視庁大幹部への衝撃は、計り知れないものだったに違いない。
事前に把握されていたオウム信者X巡査長
ここで初めてX巡査長の存在が判明した経緯を振り返る。
Xの存在は前述の様に、ほんの一握りの警視庁幹部しか知らないトップシークレットだった。
井上供述が発覚するまで長官銃撃事件の特捜本部は、全く関知するところになかったのである。
地下鉄サリン事件当日の1995年3月20日、教祖・麻原は間もなく教団施設に警察の家宅捜索が入ると睨んでいた。
犯罪に関わった信者たちに逃走資金を持たせて、上九の施設から一斉に逃亡させる。その逃亡信者の中には、教団の最も秘匿したい情報である“信者名簿”なども持たせていた。

警察庁は、上九から出て行く多くの車が蜘蛛の子を散らすように逃げて行くさまを、「Nシステム」=自動車車両ナンバー読み取り装置などを活用して追う。
この追跡に、坂本弁護士一家殺害事件の捜査を通じて神奈川県警が集めた情報が役に立つ。神奈川県警は集めたオウムの車両ナンバーをNシステムに登録していた。
Nシステムにナンバー登録された車両が各都道府県警の管内を走ると警報が鳴るシステムになっている。
ナンバー登録してくれたお陰で、各都道府県警がオウムの車両の動きをリアルタイムで把握できるようになっていた。
管内をオウムの車が走っていた場合は、職務質問による車両内の徹底的な検索と、容疑性が認められれば検挙するよう指示されたのである。