毎晩、見知らぬ人の家をタダで泊まり歩く男がいる。

リュック一つで全国をさすらい、夕方の街角で「今晩泊めてください」と書かれたフリップを掲げる、シュラフ石田さん(33)。5年前に仕事を辞め、貯金を取り崩しながら500軒以上の家を泊まり歩いてきた。

驚くべきことに、泊めてくれる人は毎日のように現れる。そしてなぜか、彼らはその日会ったばかりの石田さんに悩みや孤独を打ち明ける。

誰もが生きづらさを抱える世の中。彼らは何を求めているのか。石田さんと一緒に泊めてもらい、不思議な関係を見つめた。

路上で生きる人々や行き交う人々の姿には、その時代の価値観、その「社会の空気」が浮かび上がる。『ザ・ノンフィクション』では「令和の路上物語」と題して、「今」を生きる人々を描きたいと思っている。

5年間で500軒以上 「死ぬまで人んち泊まり歩きたい」

路上に立つシュラフ石田さんの姿を見て、通りがかる人たちはギョッとしていた。しかし彼は、そんな周りの目を一切気にすることなく「今晩泊めてください」と書かれたフリップを掲げ、無表情で立ち続ける。

街頭に立つシュラフ石田さん
街頭に立つシュラフ石田さん
この記事の画像(5枚)

道行く人が、素性の分からない石田さんに声をかけるのはハードルが高い。それは本人も自覚しているようで、とにかく大勢の人の目に留まるよう、人通りの多い繁華街や乗降客数3万人以上の駅前を入念に下調べしてからフリップを広げる。

通行人に声をかけることはせず、ときには4時間以上立ち続けることもあるが、「釣糸を垂らして魚を待っているようなワクワク感がある」とこの状況を楽しむ。

泊めてくれる人は毎日のように現れた。9割近くは単身世帯。男性が多いが、月に2〜3日は女性からも声をかけられる。

石田さんは彼らを「家主さん」と呼び、夕食をごちそうになったり、一緒にゲームをしたりと楽しく過ごしている。

石田さんにとって、他人の家に泊まる一番の醍醐味は「見ず知らずの人の話を聞くこと」。学生、看護師、会社経営者など、年齢も肩書も様々な家主たちの人生の話を聞くのは「毎晩違う小説を読んでいるかのような感覚で、全く飽きない」という。

一期一会の関係なら ありのままの自分でいられる

千葉・市川市で生まれ育った石田さん。「高校までは割と消極的な人間で、恥ずかしがり屋」だったそうだ。

そんな石田さんを変えたのは、大学時代の一人旅。父親の影響で見始めた旅番組「水曜どうでしょう」に憧れて台湾へ行き、出会った人と話したり、食事をごちそうになったりする中で、ありのままの自分でいられる旅の虜になった。

「旅のいいところって『一期一会』なんですよ。日常生活で色んな人間関係がある中で、人にどう思われるか気にしちゃうけど、旅先では何も自分を偽る必要がなくて、すごく楽だなって」

大学卒業後は「世界一周の旅をする資金を貯める」ことを目的に、大手企業に就職。実家で暮らしながら5年間で500万円近く貯金し、28歳の時に退職した。

ところが石田さんは、世界一周の旅には行かなかった。

「まずは日本国内から回ってみようかなと。普通に回っても味気ないので、どうせだったら『その土地土地の人の話を聞きながら行きたいな』と思って。『泊めて』って紙を持って立ってみたら。ハマってしまいました」

最初は「旅」のつもりだったが、今では、他人の家に泊まることが「生活」になっている。

泊めてもらいやすいよう、清潔感に気を使い、風呂上がりのスキンケアや日焼け止めも欠かさない。貯金は減る一方だが、働く気はない。節約のため、日中はファストフード店や図書館で過ごし、ヒッチハイクで移動している。

大晦日の夜に出会った「生きづらさ感じる」家主さん

2022年の大晦日。石田さんは大阪・梅田の街頭に立っていた。「さすがに今夜は無理なのでは」と思いきや、若い男性が声をかけてくれた。

男性は、福祉関係の仕事をしながらカメラマンをしている吉田さん(当時24)。クラブイベントに参加しようと梅田にやって来たものの、賑やかな雰囲気に気圧されて入る勇気が出ず、帰宅途中で石田さんを見かけたという。

アパートで一人暮らしをしている吉田さん。自宅に着くと、夕食の支度をしながら知り合って1時間足らずの石田さんに自身の「生きづらさ」を打ち明け始めた。

「元々高校の時からカメラを始めて 芸術大学に進んだんですけど、うつ病になって2カ月くらいで中退しちゃって。今は双極性障害、いわゆる躁うつ病を持ってて…」

昔から人間関係に悩むことが多く、「生きづらさを感じやすい」という吉田さんは、「年に数回『うつの波』がやってきて、人と話せなくなったり、仕事に行けなくなったりしてしまう」と語った。

人生の苦しみを口にする「家主さん」は少なくないが、石田さんが共感や励ましの言葉をかけることはない。吉田さんに対して「『うつの波』が来ると、どうなっちゃうんですか?」「年に何回くらいあるんですか?」などと問いかけ、聞き役に徹する。

“家主”と年越し蕎麦を食べる
“家主”と年越し蕎麦を食べる

その後、2人は紅白を見たり、年越しそばを食べたりした。「今年を漢字一文字で表すとしたら?」と他愛のない会話をする様子は、昔からの友達のように見えた。

新年を迎えた翌朝。

吉田さんに昨晩の感想を聞いてみると「僕の場合、人によっては自己開示しづらい相手もいるんですけど、石田さんはスーッと人の懐に入ってくる方ですごく話しやすかった」と笑顔を見せた。

家主さんたちにとっては、過度に干渉しない石田さんの距離感が心地良いのかもしれない。

何度も泊めてくれる「人恋しい」80代女性

街頭に立ち続けても、家主さんが見つからない夜もある。そんな日は、以前泊めてくれた家主さんを訪ねる。

取材期間中に石田さんが頼ったのは、一人暮らしをしているひろこさん(当時81)だった。石田さんを泊めるのは4度目。半年ぶりの再会だ。

シュラフ石田さんと80代女性の“家主”
シュラフ石田さんと80代女性の“家主”

夕食は、手作りの煮物や焼き魚。「たまたま家にあるの」と言いながら、いつ来るとも分からない石田さんのために買っておいたビールまで出してくれた。

ひろこさんは、夫とともにクリーニングの下請け工場を切り盛りしながら、2人の子供を育て上げた。しかし夫は28年前に白血病で他界。現在はパート勤めをしているが、体力の衰えを感じてシフトを週1回に減らし、家で過ごすことが増えたという。

2人は気の置けない間柄のようで、「いつでも来ていいおうちっていう認識でいます」という石田さんのちょっと図々しい冗談にも、ひろこさんは「一人でいるんだもん、歓迎するよ」と微笑んでいた。

そんなひろこさんの孤独が垣間見えたのは、石田さんがシャワーを浴びているときだった。

ひろこさんは私に亡き夫の写真を見せながら「私も一人で暮らしてるから、人恋しいところもあるんでしょうね」とつぶやいた。寂しさを募らせる日々の中、突然やってきて「ご飯を『おいしい』って言ってくれる」石田さんのことを、いつも待ち遠しく思っているのだろう。

「他人の善意にすがっている」?

石田さんと家主さんたちとの不思議な関係が「ザ・ノンフィクション」で放送された後、ネットニュースには、「労働しないで他人の善意にすがっている」「こんな人が増えたら世の中も困る」などと批判の声も寄せられた。

確かに石田さんはタダで泊めてもらっているのに「一宿一飯の恩義」のようなお礼をすることもない。「家主さんに何かしてあげたいと思わないんですか?」と聞いてみると、「思わないですね」と即答されてしまった。清々しいほどドライだ。

「僕は泊まりたいんです。家主さんは泊めたいんでしょ?対等じゃないですか。めちゃくちゃ傲慢なんですけど、僕、自分が楽しければいいので」

温かくもてなしてくれる人たちに失礼な気もするが、このスタンスは意外にも、家主さんたちに好意的に受け取られている。

私が取材した20代の女性家主さんは、石田さんの存在を「コスパいい」と表現した。明るい髪色で派手なメイクとネイルが似合う彼女は、「寂しさとかつらさでどうしようもなくなって、一人で越えられそうにない夜」に石田さんを泊めたと振り返る。

「越えられそうにない夜は、たくさんお金使っちゃったりとか、吐くまで飲んじゃったりとか、何の生産性もないことが多い。でも、(石田さんが)一緒にいたとき、越えてくれたわけじゃん。うちを貸しただけなのに。だから『マジコスパいい』って思って」と、ただ泊まるだけの石田さんの存在を歓迎し、路上に立つことができない雨の夜、再び石田さんを泊めていた。

クリスマスイブに泊めてくれた“家主”
クリスマスイブに泊めてくれた“家主”

だが石田さんには、家主さんの孤独に寄り添ってあげたいという思いは一切ない。彼らの前でもその気持ちを隠さない。

石田さんが何度も泊めてもらっている30代の男性家主さんを再訪した夜のこと。

「人間関係の悩みを4時間以上しゃべったことがある」という男性は、「俺から『飲みに行こう』って誘うことはあるけど、人からは誘われない。俺、途中で説教っぽくなるからな」と、この日も人付き合いの難しさを語り続けた。

石田さんはそんな彼の目の前で「僕は『コンテンツ』だと思ってるんで。非常に楽しく聞いてますけどね」と発言したのだ。それは言い過ぎではないかと心配したが、家主さんは「こういう正直な所がいい。こっちも気を使わずにいられる」と、むしろうれしそうだった。

人の家に泊まって話を聞きたい石田さんと、孤独な夜に誰かと話したい家主さん。その関係をいくつも取材していくうち、石田さんが図らずも心の隙間を埋める存在になっているのは、そのドライさが「ちょうどいい」からなのだと感じた。

誰もが孤独を感じる社会の中で

高齢化や未婚化を背景に、全世帯に占める「単身世帯」の割合が、「夫婦のみ世帯」や「夫婦と子ども世帯」を上回っている日本。

家族や会社・地域などのしがらみに捉われずに自由に生き方を選択できる社会になった一方で、自分を繋ぎ止めていたものがなくなった結果、孤独や生きづらさを感じる人が増えたのではないだろうか。

人とのつながりや居場所を自分で確保するのは、案外、難しい。そんな中で、フリップを手に立っている石田さんを見かけたら…。思わず声をかける人がいても不思議ではないのかもしれない。

「自分が楽しければいい」と言っている石田さんだが、2度、3度と泊めてくれる家主さんに対しては、特別な思いがある。

「僕は勝手に『相思相愛』だと思ってるんです。だから『元気かな』と思えば連絡するし、『会いたい』と思えばまた泊まりに行く」

「ザ・ノンフィクション」の放送後、石田さんの生き方に注目が集まり、複数のネットメディアから取材を受けるなどちょっとした有名人になっている。だが、どんなに知名度が上がったとしても、路上で出会った見ず知らずの人の家を泊まり歩くつもりだという。

そんな石田さんは「また行きたいおうちが多過ぎて」泊まりきれないことが、目下の悩みだ。

(取材・記事/奥村かおり)

ザ・ノンフィクション
ザ・ノンフィクション

2011年の東日本大震災から、何かが変わった。その何かがこの国の行方を左右する。その「何か」を探るため、「ザ・ノンフィクション」はミクロの視点からアプローチします。普通の人々から著名人まで、その人間関係や生き方に焦点をあて、人の心と社会を描き続けていきます。