ヒマラヤ山脈の東に位置し、北は中国、南はインドに挟まれた小国、ブータン王国。経済成長より国民の幸福を求める独自の政策を取り、「幸せの国」とも呼ばれるが今、人口流出など多くの課題に直面している。
その解決に一役買おうと支援しているのが、島根・海士(あま)町だ。人口減少対策など、これまでの海士町独自の取り組みをお手本に、島の高校生たちがブータンの地域課題解決に挑んでいる。
“幸せの国”が抱える様々な課題
日本から直線距離で約4800km、ヒマラヤ山脈の東に位置するブータン王国。九州とほぼ同じ広さの国土に、島根県より10万人ほど多い約78万人が暮らしている。
この記事の画像(21枚)国連の世界幸福度ランキングで2013年、8位にランクインし、「幸せの国」として知られるようになった。
GNH(国民総幸福量)という独自の指標に基づいて、経済成長よりも国民の幸福追求を重視した政策が取られているが、コロナ禍を経て「幸せの国」は経済的な苦境に立たされている。
主要産業の1つ、観光業の回復が遅れる一方、若者の失業率が上昇。働き場所と高い賃金を求めて、オーストラリアや北米などに移住する若者も増え、地方から首都へ、さらに国外への人口流出が大きな課題になっている。
市民からは「海外で働くことができるのは、いい機会だと思う」「外国に出ていくことで、多くの労働力が失われていると思う」といった声が聞かれた。
こうした状況に歯止めをかけ、ブータンが抱える課題の解決に一役買おうと支援の手を差し伸べているのが、島根・海士町だ。本土から約60km、日本海に浮かぶ隠岐諸島にある海士町は、人口流出という共通の課題を抱え、水産物のブランド化や「島留学」と呼ばれる町外からの高校生の受け入れ制度など独自の取り組みで、「過疎化」「人口減少」などの課題克服を目指している。
ブータンとは、共通する地域課題の解決を目指し、2016年から交流を進めている。
国境を越え…共通の課題解決へ挑む
2024年8月、ブータンの唯一の国際空港に降り立った4人の高校生。海士町にある隠岐島前高校の生徒たちだ。
「もうちょい自然がメインかなと思ったら、中心部意外と栄えてて」と、ブータンの第一印象を話したのは、隠岐島前高校2年生の渡邊優菜さん。渡邊さんたちはブータンの地域課題を探るため、はるばるやって来たのだった。
定員割れが続き、学校の存続も危ぶまれた隠岐島前高校では生徒の確保を目指し、2008年からカリキュラムの「魅力化」に取り組んできた。
その一環で授業に取り入れられているのが「地域課題解決型学習」。学校がある海士町が抱える課題を生徒が自ら見つけて解決策を探り、実際に解決に向けて取り組む、実践型の授業だ。自ら考え、課題を解決する能力を身に付けることができると高く評価され、学校には町外からも生徒が集まり、若い世代の移住者を町に呼び込むきっかけにもなっている。
こうした教育からのアプローチで課題を解決し、住みよい地域を目指す海士町独自の手法をブータンが抱える同様の課題解決につながらないかと、支援の取り組みが始まった。
その支援の中心になっているのが、「地域・教育魅力化プラットフォーム」の岩本悠さんだ。2010年、海士町にIターンし、隠岐島前高校の「魅力化」に携わり、現在は「地域・教育魅力化プラットフォーム」を立ち上げ、県内外の高校の「魅力化」をサポートするなど、学校を核とした地域活性化に取り組み、持続可能な地域づくりを目指している。
海士町がブータンの支援に取り組む背景について、岩本さんは「持続可能な幸せを地域、個人においても実現していくという目指したい理念と、今、起きている課題が共通しているので、お互いの異なる視点を生かし、お互い学びあっていくことができる」と説明する。
今回の高校生のブータン訪問についても、「学校やリアルな生活に漬かってみて、さらに一緒にやれる部分、課題の探求をしてほしい」と話し、国境を越えて同じ悩みを抱える地域の課題解決に取り組むことが、高校生の視野を広げるきっかけになればと期待する。
地域課題解決型学習で進む地域との連携
2016年にブータンの学校との交流を始めた隠岐島前高校。2024年は、1・2年の生徒4人が夏休みを利用してブータンを訪問、調査や現地の生徒との交流を行った。
山に囲まれ、幻想的な風景が広がるブータン南西部、人口約8万人のチュカ県を訪れたのは、2年生の渡邊優奈さん。奈良県の中学を卒業し、隠岐島前高校に進学した「島留学」生だ。
渡邊さんが訪問したゲドゥ学校は生徒数約600人。日本の小学生から高校生にあたる世代が、1つの学校で学んでいる。渡邊さんはこの学校で授業や行事に参加、学校生活を通じて、ブータンの文化を体験する。
教室で先生が話しかけるのは英語だ。ブータンの学校では、落第制度もあり、知識偏重型の、いわゆる「詰め込み教育」が一般的だということだが、この学校では、その弊害を除くため、隠岐島前高校で行われている「課題探求学習」、地域課題の解決を目指して生徒が考える学習を取り入れている。この日は、生徒たちが日ごろの学習の成果を発表した。
渡邊さんも、生徒たちの発表に耳を傾け、隠岐で進めている自身の研究成果も披露した。
海士町特産のサザエなどの貝殻が廃棄されていることに着目し、再利用の方法を研究テーマに選んだ。山国・ブータンではなじみの薄い「海の幸」についての研究だったが、日本からやってきた渡邊さんの発表に、多くの生徒が興味を持ったようだった。
一方、ブータンの生徒の1人は、ごみ処理問題について発表。ブータン国内では、生ごみなどを土に埋めて処理するのが一般的で、ごみの「分別」が根付いていない現状を報告。解決策として、ペットボトルの回収法について提案した。
授業に出席して、渡邊さんは「ブータンのごみ問題というのを知らなかった。私はごみを活用しようという観点、ゲドゥの方は集めようという活動をしていたので、1つの問題に対してもいろんな視点があるんだというのが感じられたし、新しい気付きになった」と話した。
ゲドゥ学校の生徒も「日本の生徒は非常に努力していることが分かったし、とても研究されていた。私たちはプロジェクトの目標を達成しつつあるので、さらなる課題を解決できる方法を模索していきたい」と話し、日本の高校生の取り組みは大きな刺激になったようだ。
発表のあと、生徒たちはそれぞれの提案について、どのように生かすか、さらによくするにはどうしたらいいか、意見を出し合った。
ゲドゥ学校のリラ・バドゥル校長は、地域課題解決型学習を導入したことについて、「今、学校と地域がゆっくりとつながり始めている。学校内でプロジェクトが成功すれば地域とつながり、アイデアや知識を共有し、地域の進歩に役に立つと思う」と話し、課題探究型の授業に手ごたえを感じているようだ。
こうした成果を踏まえ、ブータンでは今後、地域課題解決型学習をほかの学校にも広げるよう検討が進んでいるということだ。
海の町・海士から贈られたタネが、山国・ブータンで花開けば、将来、人口流出に歯止めをかけ、人々が幸せに暮らせる地域をつくる一手につながるかもしれない。
(TSKさんいん中央テレビ)