「国際女性デー」が制定されている3月にあわせ、フジテレビのアナウンサーが自分の視点でテーマを設定し取材し、「自分ごと」として発信します。
2024年6回目の担当は佐々木恭子アナウンサーです。
ジェンダーギャップ解消に本気で取り組む町がある。
兵庫県豊岡市だ。
日本海に面するこの町は人口約77000人。面積は東京23区よりもやや広い。
志賀直哉の小説で有名な城崎温泉があり、海水浴、スキー、但馬牛や松葉ガニ、と観光資源には事欠かない。
そんな豊岡市に2015年、衝撃が走る。
国勢調査の人口統計を見て、豊岡市職員の上田篤氏は「愕然とした」という。
7割以上の“若い女性”が町から出ていく
「豊岡市では若者回復率という指標で、大学進学などで一度都会に出た10代が20代どれくらい豊岡に戻ってくるか調査をしています。2000年以降緩やかにV時回復しているのですが、2015年、男性は52.2%、2人に1人が戻っているのに対し、女性は26.7%、4人に1人しか戻ってきていないことがわかったのです。」
豊岡市の人口は第一次ベビーブームの1947年の10万3154人をピークに1950年以降は減少をはじめ、2000年から減少が加速。5年ごとの調査の度に約3000人減っている。3%ずつ人がいなくなっているのだ。
豊岡市では大学進学などで一度都会に出た10代が20代どれくらい豊岡に戻ってくるかを「若者回復率」という指標で調査している。
すると2000年以降緩やかに回復している中で、2015年の調査で男性は52.2%と2人に1人が戻っているのに対し、女性は26.7%、つまり4人に1人しか戻ってきていないことがわかったのだ。
上田氏は理由を探るために、豊岡に”帰らない”選択をした女性たちに、ヒアリングを重ねた。
すると、「仕事がない、都会との文化的格差ということ以上に、“男性中心社会”に嫌悪感があるのだ、と気づいたのです。つまり、“ジェンダーの課題”なのだ」、と。
人口減少に悩む町で、このままでは少子化に歯止めがかからない。その危機感から、豊岡市はジェンダーギャップ解消に向けて取り組み始める。
まず、下は高校生から、様々な世代、多様な立場の市民が参画する「戦略会議」を発足。
ジェンダーについての学びを深めながら、ジェンダーギャップが解消した“まちの未来像”を描き、実現に向けて必要なアクションを検討した。
ジェンダー課題を市民の”自分ごと“として捉えてもらうため、上田氏は「多世代が参加したワークショップで、男女ともに“らしさ”に縛られていた生きづらさを『言葉にするプロセス』が重要だった」と振り返る。
「らしさ」に縛られる働き方からの変革
ワークショップでは、男性からは「本当は他にやりたい夢があったが、男だから跡を継がなければいけなかった」「町に帰らざるを得なかったんだ」という想い。女性からは、「補助的な役割の仕事が多く、自分の努力が報われないのではないか」「伝統行事の祭りの時など、参加できるのは男性たちだけ、自分たちは料理やお酒を用意して接待するのが辛い」という声が上がったという。
対策室は、そんなリアルな声を聞きながら、過去の価値観を”否定はしない“、でも次世代に”押し付けないようにしよう“という関わり方で、徐々に理解を得ていったという。
アクションの初手は、「ワークイノベーション戦略」と題して、働き方を変えることに据えた。職場でのジェンダーギャップが課題である理由として次の4つが挙げられている。
・人口減少の加速
・社会的損失
・経済的損失
・公正さ(フェアネス)と命への共感に欠ける
私は、4番目の文言に豊岡市の覚悟が見て取れると思う。本質だけに、なかなか正面切って口にするのは難しくもあるから。この「公正さ(フェアネス)と命への共感に欠ける」という文言は実際、戦略策定の最終決定の直前に盛り込まれたというが、その意図はどこにあったのだろう。
上田氏は次のように語った。
「市役所で初の女性部長が定年を前にしたときに、ふと “これまで女性職員は多くのものを断念してきたんです”、と語ったんです。
一瞬予想外の言葉のように思ったのですが、確かに職場にフェアネスは欠けていることにも気づきました。豊岡の主産業であるかばん産業も働き手の7割は女性たち。しかし、パートの内職の方がほとんどで、総合職も管理職も少ない。”働きやすさ“だけではなく”働きがい”も高めていく必要があると感じましたね」
豊岡市では戦略策定後、ジェンダーギャップ解消の実現に向けて次々と具体策が打たれている。
働く女性のエンパワメント「豊岡みらいチャレンジ塾」や、子育て女性のリスキリンの場・デジタルマーケティングセミナーの開催。
「女性にとって働きやすさと働きがいが高い水準に達しているかどうか」-徹底した従業員意識調査によって決められる「豊岡市ワークイノベーション表彰~あんしんカンパニー~」制度、など。
対策室のメンバーは「施策の評価を問われるのはまだ厳しい」とあくまで冷静だが、町には「意識から行動へ」という変化が見えつつある。
5カ月間にわたり約180時間実施したデジタルマーケティングセミナーの後、実際に起業する人が増え、市内にはゲストハウスやカフェの開設、またキッチンカーなどの事業が立ち上がっているそうだ。
また、市役所では女性の管理職が2018年度には7.7%だったのが、2023年度には17.2%まで増加。また、男性の育児休業取得促進により2023年度は該当者14人全員が取得、つまり100%を達成したという(2024年2月1日現在)。
そして、取材の最後に、ジェンダーギャップ解消を推進する当事者である上田氏に、一番聞きたかったことを聞いてみた。
「ジェンダー課題」と向き合うことでご自身の人生にどのような影響があったのか、と。
「私自身まさに“24時間働けますか”を体現するような働き方をしてきて、育児も両親の介護も妻に任せっきりにしていたら、妻がメンタルを崩してしまったんです。そこで初めて、もうこんなにつらい想いを女性にさせてはいけない、と、気づかされた。
その反省に立って、一心に取り組んできたように思います。
今、2歳の孫娘がいますが…孫娘を見ながら思うのです。これまで、女性たちは学んだスキルがあってもバットを振る機会すらなかった、男性も女性も性別に関わらず、年代にも関わらず、誰もがバッターボックスに立ち、自分らしく生きることができる地域社会を実現していきたい、と思います」と上田氏は語った。
実は、豊岡市は私の母のふるさとでもある。
母は「女に学問はいらん」という家庭で育ち、進学を諦め家業を継いだ。勉強はとても好きだったと話していた。
「男は外で仕事、女は家を守る」という時代にはままあることだったかもしれない。だが、能力ではなく、性別によってバットを振る機会すらなかった無念はそう簡単に晴れるものでもない。私は母から「男だから、女だから、ではなく、”人として“生きなさい」と聞かされて育った。その言葉は、私の中で歳を重ねるごとにしっかりと根を下ろしている。
豊岡市は市民向けにホームページで啓発マンガを掲載しているが、4月からは夫婦間で家事分担を話しやすくするためのコミュニケーションシート、8月には子供向けの絵本の出版を予定している。
豊岡市の「意識から行動へ」の本気の挑戦は、人口減少が課題となっている地方だけでなく、日本全体の未来のためにも大きなヒントになり得るように思う。
(注:豊岡市の組織改革により「ジェンダーギャップ対策室」は2024年4月1日から「多様性推進・ジェンダーギャップ対策課」に変わる)
(取材・文/フジテレビアナウンサー 佐々木恭子)
「ジェンダーについて、自分ごとを語る」
2023年に続き、フジテレビアナウンス室では、アナウンサーが自主的に企画を立ち上げ、取材し、発信します。
「私のモヤモヤ、もしかしたら社会課題かも…」まずは言葉にしてみることから始める。
#国際女性デーだから
性別にとらわれず、私にとっての「自分ごと」、話し合ってみる機会にしてみませんか。