「人に迷惑をかけないように」

子どもの頃から日本ではとかく聞かされるこの言葉。自立を促す意味を越え、それがじわり呪縛にもなります。

苦しい。助けてほしい。誰かに相談したい。いや、少しだけでも話を聞いてほしいーー。
でも、心が抑えます。
「こんなこと口にしたら、きっと相手に迷惑をかけてしまう…」

結果、追い込まれて自ら死を選択する人がいることも事実です。

産婦人科医・吉田穂波さんは「もっとSOSを発しやすくする」ためにも“受援力”が必要だといいます。その受援力とはどういったものか詳しく聞きました。

自殺は若者の死因の1位

ここ10年で見ると減少傾向にあった自殺者数も、厚労省自殺統計資料によるとコロナ以降再び増え、2022年では2万1584人(速報値・対前年比577人、約2.7%増)。

中でも近年、子どもや若者世代にも自殺は増えており2020年には10~39歳までの全年齢で死因の1位が「自殺」となりました。これは「不慮の事故」や「健康問題による死亡」を超えた数です。

生涯を通じて5人に1人がこころの病気にかかるともいわれている
生涯を通じて5人に1人がこころの病気にかかるともいわれている
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また、ストレス過多な現代において、2017年には「こころの病気で病院に通院や入院をしている人」は国内で約420万人となり、生涯を通じて5人に1人がこころの病気にかかるともいわれています。

誰にとってもこころの健康を保つことの重要性が高まっているのです。

だからこそ、もっと頼り合える社会へ

【他者に助けを求め、快くサポートを受け止める力】=【受援力】を積極的に推奨する医師がいます。6人を子育て中の産婦人科医、吉田穂波さん。

6人を子育て中の産婦人科医・吉田穂波さん
6人を子育て中の産婦人科医・吉田穂波さん

吉田さんが人に頼るスキル=受援力(*)の重要性に気づいたのは、産婦人科医として東日本大震災の支援を行った時だといいます。
(*受援力=もともとは内閣府・防災担当がボランティアを地域で受け入れるための環境整備、知恵のために提唱した言葉)

吉田穂波さん:
避難所で出会う妊婦さんは支援を申し出ても「私は大丈夫だから、もっと大変な人を助けてあげてほしい」と言う方が多かったんです。むしろ“支援を受けるのは自分が弱いからだ”と自己肯定感が下がってしまうように思えたのですね。

相当つらい思いをしているのに、命が助かっただけで十分、と多くのことを求めない。支援の制度もあるし、こちらは助けたいと思う。ただ、それを個人が受け取る心構えがないと届かない

産婦人科医として東日本大震災の支援を行ったとき「受援力」の重要性に気づいたという
産婦人科医として東日本大震災の支援を行ったとき「受援力」の重要性に気づいたという

我慢を美徳とする日本において、“人に頼る”という一見ネガティブなイメージのことをポジティブに変化させるように、例えば「鈍感力」とか「忘却力」とか「○○力」と名前がつくことが大事で、頼ることも「受援力」とラベリングされれば、生きていくために必要なスキルの一つとして伸ばす力になるなと思ったんですよね。

「受援力」で乗り越えた留学時代

ご自身も、ドイツ・フランクフルトで初めての出産、“子だくさんな移民として耐乏生活をした”と振り返るハーバード大学留学時代に、受援力のおかげで孤立せずに済んだといいます。

吉田穂波さん:
産婦人科医なので「妊娠~出産」はよく知っているつもりだったのに、いざとなるとフランクフルトでの最初の出産のときは本当に心細くて…。何を食べるのか、靴は何を選べばいいのか、妊婦としての自分の日常生活にはこれまでの知識が全く役に立たなかったんですね。

ある時、同僚の助産師さんに思い切って聞いてみたら、「なぜ1人でくよくよ悩んでいるの!?」と。むしろ弱音を吐いて、同僚に頼ったことをとても喜んでくれて、人間的な距離が縮まりました。

ドイツで研修医時代に妊娠・出産を経験した吉田さん
ドイツで研修医時代に妊娠・出産を経験した吉田さん

アメリカ留学時代は子ども3人連れでしたが、保育園に預けられるのは朝8時から午後6時まで。授業はついていけないし勉強時間も十分に取れない、経済的にも苦しい、課題として出されたレポートの体裁すら聞き取れない…。

ドロップアウトすれすれな時に、距離を遠く感じていたかなり年下の同級生に「ここがわからない、教えて」と聞いてみたら、そこからブレークスルーが起きたんですよね。

会話が生まれたことで、勉強会を開催したり、試験中一緒に勉強したり。肩の力が抜けて、とにかく、困ったときは頼っていいんだ、助けを求めていいんだって楽になりました。

それまでの自分は、無意識のうちに“自己責任”や“自業自得”という言葉に縛られていたんですよね。

受援=受縁。頼るところから人的ネットワークが生まれる

では、その自己責任という意識が強い日本人は、どうやって「頼るスキル」を伸ばすことができるのでしょうか。

吉田穂波さん:
当時の私には、人のお世話になっても何もお返しできるものがなかったんです。何も返せないけど、感謝の気持ちだけは伝えることができたので、感謝することは精一杯心がけました。

私がたまたまラッキーで、いい人に囲まれていたからということではなく、振り返ると、やはり最初は何も接点がないところから「頼る」ことで、「ご縁のきっかけ」を作って、人とつながり、新しいネットワークを作っていくことができたと思うのですね。

もともと私たちのDNAに埋め込まれている“利己的な遺伝子”には、種の存続のために利他的行為をするようプログラミングされていて、“人の役に立ちたい”、”喜ばれたい”という気持ちがあるわけです。「あなただから頼りたいのだ」と、自分から伝えてきっかけを作ることは、むしろ相手の心を満たし、自己肯定感を上げることにつながります。その視点があれば、頼ることの新しい価値が見出されていくと思います。

受援力を高める3つのステップ:KSKとは

そして、吉田さんは”頼ること“を日常の中で具体的に実践するための“スキル”として、3つのステップに落とし込み、「KSK」と覚えるよう提唱しています。

①あなただから頼みたい~相手への敬意(K)で切り出す
必ず相手の名前を呼び、「今、ちょっといいですか」と相手の都合への配慮
 

②相談する~相手の存在承認(S)を示す
「聞いてくれてうれしい」 「助かりました」
 

③相手への感謝(K)で結ぶ
「(具体的なことに対して)ありがとう。」「話しただけでも楽になれた。ありがとう」
 

「頼る」=「迷惑をかける」と考えると、「すみません、申し訳ないのですが…」と遠慮がちになりますが、相手にKSKという大きなギフトを渡し、恩返しようと努力すれば、頼り頼られ、いい「頼り合い」の循環が生まれるからです。

自分の限界=マイルールを決めてみる

話を伺うと、社会人としての「公」の部分、仕事や何かのプロジェクトなどではすぐに実践してみたくなります。頼ることは人の力を引き出すこと、自分ひとりでできることには限りがあり人の力を借りるからこそ到達できること、人のやり方を見ると新しい学びがあり、多様な視点が得られることを実感するからです。

ただ、「私」の部分、いわゆるプライベートではなかなかその境地に達せそうにはありません。家庭内のこと、子どものことについては、何とか自分自身でマネージするのが当然だと思い込み、「助けて」のSOSを出すのはハードルが高いという刷り込みがあります。

ましてや、私事のSOSが相手の喜びを満たす…と思うのは至難の業。そのマインドの切り替えについてはどうお考えなのでしょうか。

吉田穂波さん
もちろん、「頼ることで相手の気持ちを満たす」なんて、おこがましいし図々しいと考えがちですよね。

そんな時は、ぜひ、人を助けた時の気持ちを思い出してみてほしいんですね。助けた側は、「大した事ない」「役に立ててうれしい」と思っていることも多いはず。助けることはいいことで、助けられることは悪いことなのではありません。

自分が頼る際に、相手に迷惑かも…と相手に配慮しているつもりが、実は弱音を吐くのは自分の負け、恥、と自分のプライドが邪魔している可能性もあると思うのです。

自分自身に余裕がない時ほど、SOSを出すこと自体、「自分が無能だから、弱いから、何もお返しできないから…」と自信なく思えて、躊躇してしまいます。

でも、全力で一人で踏ん張って倒れるんじゃなくて、一人でできるのはここまでだけれど、ここからは人の力を借りる、縁を拓いていくんだと腹をくくることが、孤立を防ぐために大切だと思っています。そのためには、まず自分にできる限界を知ること。ここまでやってみて難しければ人に聞く、人の力を借りるというマイルールを作ってみることをお勧めします。

私自身も、やりたくてもなかなかエンジンがかからない状態のとき、コトの大きさにもよりますが、5分考えてから、または1、2日寝かせてみてから、ギブアップすることにしています。

ここまでは自分でできたけれど、この先は他の人に頼んだほうがいいな、と。1人でできること・できないことの限界を見極めることも、自分を活かすことで、自立の一歩だと思っています。
 

インタビューが終わる頃、吉田さんが発する「ありがとう」という言葉の届く深さに、折々気づかされました。

「話を聞いてくれたおかげでもう一度考えて整理することができた」「興味をもってくれたおかげで勇気がわいた」等、私自身の存在や言葉、行動が吉田さん自身にもいい影響をもたらした、と思わせてくれるのです。

こうして、次は私がお返ししたい、と、それぞれの人がもつ力と貢献心を引き出し合える関係性が築かれていくのでしょう。

受援力を発揮した頼り合いとは、どちらかが一方的に与える・もらうという上下関係ではなく、お互いの強みを生かし合うフラットな循環を生み出す…そんな可能性を感じています。

これからも、自分自身のこころの健康を保つため、周りの人たちのこころの不調に気づけるためのヒントとなるような記事をお届けしていく予定です。

【インタビュー・執筆:フジテレビアナウンサー 佐々木恭子】
【イラスト:さいとうひさし】

佐々木恭子
佐々木恭子

言葉に愛と、責任を。私が言葉を生業にしたいと志したのは、阪神淡路大震災で実家が全壊するという経験から。「がんばれ神戸!」と繰り返されるニュースからは、言葉は時に希望を、時に虚しさを抱かせるものだと知りました。ニュースは人と共にある。だからこそ、いつも自分の言葉に愛と責任をもって伝えたいと思っています。
1972年兵庫県生まれ。96年東京大学教養学部卒業後、フジテレビ入社。アナウンサーとして、『とくダネ!』『報道PRIMEサンデー』を担当し、現在は『Live News It!(月~水:情報キャスター』『ワイドナショー』など。2005年~2008年、FNSチャリティキャンペーンではスマトラ津波被害、世界の貧困国における子どもたちのHIV/AIDS事情を取材。趣味はランニング。フルマラソンにチャレンジするのが目標。