九州一の歓楽街・中洲。飲食店やバー、スナックなどさまざまな店が立ち並び、ネオンがきらめく夜は、大勢の人で賑わう。まさに“夜の街”というイメージの中洲なのだが―。
昼とは思えない熱気と賑わい
舞台は、夜ではなく昼の中洲。自他ともに認める“夜の街”で、昼間にしか営業していないスナックがある。

店があるのは、中洲の中心部。店内を覗くと、この日も昼間とは思えないほど大勢の客で賑わっていた。

この昼スナックを切り盛りするのは、ママの『フィッシュ明子』さんだ。中洲で、週末を中心に午後2時から6時までの日中の時間帯に営業している。

店がオープンしたのは2021年1月。新型コロナで仕事が激減するなか、新たな挑戦として始めたのが、この昼スナックだった。店名は『役に立たなくてもいい場所』。少し変わった店名だが、由来は明子ママ自身の思いから来ている。

「人の役に立たないと生きていてはいけない」とずっと思いながら懸命に生きて来たという明子ママ。しかし、コロナ禍で仕事が減ったことや年齢と向き合うなかで「頑張らなくても、自分の人生を楽しめばよい」というメッセージを届けたくて『役に立たなくてもいい場所』という店名をつけたという。
明子ママにはもうひとつの顔が…
「私、一目で分かると思うんですけど、社会福祉士なんですよ」と屈託なく笑う明子ママのもうひとつの顔。本来の仕事は、社会福祉士なのだ。

企業や組織に属さず、独立して活動するスタイルで福祉施設などに赴き、福祉に関する助言やサポートを行い、職員向けの研修などを企画、開催している。

そしてスナックの営業も実は、社会福祉士としての活動の一環だというのだ。「専門機関に相談する。役所の窓口に行くほど困ってはいないんだけれど、ちょっと誰かに話せたらいいな。そういう方たちが来られる場所を作りたいなと思って」と明子ママは氷をかき混ぜながら話す。

チャージ料金は1000円。ドリンクは500円からと中洲では気軽に立ち寄ることができる。子どもも来店するためノンアルコールのドリンクも充実。そして、たばこは厳禁だ。
店にはもう1人のママが…
さらにさまざまな客に対応する店には、こんな個性的なスタッフもいる。カウンターに現れた小さなロボット。時々現れるママだという。

「東京の多摩市にお住まいの山下智子さんっていう方が、操作してくれているんです」と説明する明子ママ。ロボットを操作するのは『ともっちママ』こと、山下智子さんなのだ。脳性麻痺で体が不自由な山下さんは、カメラやスピーカーが搭載されたロボットを遠隔操作しながら接客をしている。明子ママによると偶然、スカウトしたのだという。

「楽しいです。特にこのお店でやることが、自由で楽しいです」と話すともっちママ。数カ月に1回、ママとしてスナックに“出勤”して、客との会話を楽しむのだという。

客もスタッフもさまざまな人が入れ替わり立ち替わり訪れる店。自分の人生を見つめ直す場所だと話す人もいる。
店のママとして 社会福祉士として
「日頃、人の役に立つことが、自分の存在意義みたいなのをずっと背負っている感じ。小さい頃から、ずっとその足枷が自分のなかにあったから、人の支援してるくせに自分のことが一番できていないなって」。明子ママは、この日も1人の女性客から相談を受けた。女性の仕事はキャリアコンサルタントだ。

「それはね、やっぱり世代的なこともあるかもしれない。ジェンダーもあるかもしれないけどね、それは私たちを頑張らせてきてくれたのよ。もういいのよ。もう十分、頑張ったから。いままで頑張ったのは、私たちに力をくれるためなので、この力を自分のためにいまから使ってもいいんだって」。店のママとして、そして社会福祉士として語り掛けるアドバイスは悩む人たちの心に優しく染み入るようだ。

九州一の繁華街、福岡市の中洲にある昼だけ営業するスナック。昼の中洲にある“心のよりどころ”だ。ママの思いが、訪れる人を優しく癒やす場所になっていた。
(テレビ西日本)