2月21日、警視庁公安部は新型コロナウイルスに関する持続化給付金を不正受給したとして、詐欺容疑で中国籍の女2人を書類送検した。女らは、スペインの人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ」が指摘した、中国非公式警察の拠点がある秋葉原のビルに所在する団体の幹部を務めていた。この女と国会議員との関係が注目されている。

中国の非公式警察関係者を検挙

警視庁公安部は、2023年5月に女らの団体事務所を捜索したが、団体は中国の運転免許証の更新手続きを支援する活動を行っており、現時点では日本の主権の侵害にあたるような行為は確認されていないという。

人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ」が公表した報告書によれば、日本を含む欧米諸国など53カ国102カ所に非公式警察の拠点が設置されているという。

セーフガード・ディフェンダーズのホームページ
セーフガード・ディフェンダーズのホームページ
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非公式警察は、中国地方政府の公安局が設置しており、表向きは在外中国人の運転免許証更新など海外における福利の向上などを目的としているが、裏では在外中国人を監視、反体制派の把握や場合によっては強制帰国させるために脅迫行為などを行っている。

日本では、秋葉原、福岡に非公式警察の拠点が確認されている。

「中国の非公式警察拠点」が入るとされるビル 東京・千代田区
「中国の非公式警察拠点」が入るとされるビル 東京・千代田区

秋葉原の拠点は、中国の福建省福州市公安局が開設、ホテルが入居するビルであるが、最上階には中国福建省・福州市の名前を冠した一般社団法人が所在、今回検挙された女らは同団体の幹部であった。

二つ目は、江蘇省南通市公安局が福岡に設置している。

検挙の女と国会議員

実は、今回の詐欺事件が示す意味合いは、中国非公式警察に関する問題だけではない。

以前から一部メディアでは、今回検挙された女のうちの1名が、日本の参議院議員の外交秘書を務め、議員と深い関係にあったとして、機密情報の漏洩などの観点で懸念されるとして報じられていた。女は参議院会館の通行証まで与えられていたという。

本件については、国民民主党の玉木代表もX上で「どこまで与野党の議員に影響が及んでいたのか徹底的に捜査してもらいたい」と言及するなど、世間の関心は高い。

当該議員に関する情報については、日本の公安当局だけではなく、他の情報組織も認識していた。

中国非公式警察の実態解明は…
中国非公式警察の実態解明は…

まず、今回の詐欺事件の狙いについて、中国非公式警察の活動に釘を刺すことに加え、その実態解明を目的としていた。

一方で、これまでの捜査において非公式警察の不法行為を示す証拠等は確認されていないと報じられており、その実態解明は一定にとどまった可能性もある。

もう一つの狙い

もう一つの狙いは、前述の参議院議員と秘書であった女に関する実態解明および立件の糸口を探ったという狙いもあると見てよいだろう。

しかし、詐欺事件立件の経過を見てみると、昨年5月に事務所へのガサを実施してから9か月にも及ぶ捜査を経て、書類送検で結末を迎えたとなれば、“もう一つの狙い“については立件できない=違法性は確認できなかった可能性も考えられる。

詐欺事件について先行してガサを打った時点で、恐らく事務所や女らの所有物(携帯など)に関する捜査は行っていると推察される。(女の関与具合と事件の詳細な状況にもよるが、事務所だけではなく、自宅のガサや本人使用の携帯・PCなどの差し押さえも行っていることも十分想定される)

更なる立件は無い?

その上で、気にしなければいけないのは、“書類送検のタイミング”だ。

今回の詐欺事件については、議員秘書であった女のみの検挙にとどまっているが、“もう一つの狙い“の立件も目指した場合、通常であれば関与者も一斉に検挙しなければならない。基本的に諜報などの工作活動に関する事件捜査において、事件への関与者の検挙については同時に行わなければ証拠隠滅をされてしまう。

セーフガード・ディフェンダーズの報告書より
セーフガード・ディフェンダーズの報告書より

仮に女が何らかの工作活動を行っていた、ないしは加担していた場合、これに関与した者は証拠隠滅を容易に図るだろう。この時点で、諜報事件の捜査は破綻を迎えることになるので、詐欺事件に加え後追いで立件することは想定し辛い。(但し、既に捜査当局が決定的な情報を入手しているのであれば話は別である)

また、詐欺事件が書類送検であった点も見過ごせない。

今回の詐欺事件では通常逮捕の要件を満たさなかった、または捜査機関側で逮捕の必要性を認識しなかったのは当然であろうが、“もう一つの狙い“の立件も目指した場合には、詐欺事件で通常逮捕し、その捜査の過程で、本丸での再逮捕を目指すといった形も想定されるがそれも無かった。(そもそも諜報事件捜査では、任意捜査は証拠隠滅の恐れが大きいため馴染まない)。

ニューヨークでFBIに逮捕された中国秘密警察の男
ニューヨークでFBIに逮捕された中国秘密警察の男

よって、詐欺事件の書類送検のタイミングと、詐欺事件の捜査結果が書類送検であった点を考えると、現時点で捜査機関が余程の確たる証拠を持っていない限りは、“もう一つの狙い“は立件に耐える内容ではなかった、または現行の法における違法性自体がなかったとも推察できる。

いずれにせよ、中国の非公式警察の問題にメスを入れた詐欺事件を立件したことは、非公式警察への活動に釘を刺すという意味で、大きな成果があったと言えよう。

稲村 悠
稲村 悠

日本カウンターインテリジェンス協会代表理事
リスク・セキュリティ研究所所長
国際政治、外交・安全保障オンラインアカデミーOASISフェロー
官民で多くの諜報事件を捜査・調査した経験を持つスパイ実務の専門家。
警視庁公安部外事課の元公安部捜査官として、カウンターインテリジェンス(スパイ対策)の最前線で諜報活動の取り締まり及び情報収集に従事、警視総監賞など多数を受賞。
退職後は大手金融機関における社内調査や、大規模会計不正、品質不正などの不正調査業界で活躍し、民間で情報漏洩事案を端緒に多くの諜報事案を調査。
その後、大手コンサルティングファーム(Big4)において経済安全保障・地政学リスク対応支援コンサルティングに従事。
現在は、リスク・セキュリティ研究所にて、国内治安・テロ情勢や防犯、産業スパイの実態や企業の技術流出対策などの各種リスクやセキュリティの研究を行いながら、スパイ対策のコンサルティング、講演や執筆活動・メディア出演などの警鐘活動を行っている。
著書に『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』