アンドリュー王子と密月にあった中国人実業家
英国政府は、英国王室のアンドリュー王子と密接な関係にあった中国の実業家である楊騰波(ヤン・テンボ Yang Tengbo)氏に対し、国家安全保障上の措置として再入国禁止を決定した。
MI5は、楊氏が中国共産党の統一戦線工作部(UFWD)と密接な関係を持っていると判断している。更に、楊氏が英国政財界との強固な人脈を利用し、中国政府の利益に資する活動を行っていた疑いがあると指摘。
MI5から警告を受けた英国政府は、国家安全保障上の措置として彼の再入国禁止を決定した。

BBCによれば、英国当局は、アンドリュー王子の上級顧問ドミニク・ハンプシャー氏から楊氏にあてた手紙を発見。
ハンプシャー氏は「楊氏が中国の投資家等との交渉においてアンドリュー王子の代理として行動できる。(アンドリュー王子の)最も親しい側近を除けば、あなたは非常に多くの人が登りたいと思う木の頂点に座っていると述べている」と報じており、英国内務省は、楊氏が「英国のVIPと中国高官との関係を築く」立場にある証拠だと評価しているという。(BBC)
楊氏は、アンドリュー王子による起業家の支援プログラム「Pitch@Palace China」の主要メンバーであった。

楊氏は自身の疑念を否認し「中英のビジネスと文化の懸け橋を築くためのもの」と述べている。
英国では、昨年9月に中国のためにスパイ活動をした疑いで英議会の調査担当者ら2人の男が逮捕されているなど中国関連のスパイ活動や影響力拡大への警戒が強まっており、留学生や企業団体を含む各種活動の監視を強化している。
この事件は、英国と中国の緊張関係をより悪化させるだろう。
楊氏とはいったい何者なのか?
楊氏は中国で生まれ、英国のヨーク大学で修士号を取得後、2013年に英国無期限滞在の許可を得ていると報じられている。
なお、2018年当時のものになるが、ZGCフォーラム(※注)のスピーカーとして、以下の通り紹介されている。

(※注:北京市海淀区の中関村エリアで開催されるイノベーションとテクノロジーに焦点を当てたイベントフォーラム)
楊騰波氏は、漢普グループ有限公司(Hampton Group)の会長(当時)、中英企業家サミットの執行主席、英国アンドリュー王子「龍門創将(Pitch@Palace)」中国プロジェクト執行主席、中英企業家連合会の執行主席、英国中華総商会の執行主席、第15回世界華商大会実行委員会執行主席、雲南ヨーロッパ商会の会長を務めています。
楊騰波氏率いる漢普グループ有限公司は、長年にわたり中国駐英国大使館および英国中資企業協会から「年間貢献賞」や「最優秀会員賞」を受賞しました。
また、2010年には英国48家集団から「名誉会員賞」を授与されています。
2009年4月、楊騰波氏はロンドンで当時の胡錦濤主席と会見し、2010年11月には北京で「影響中国・第11回中国時代の十大リーダー人物」称号を受賞しました。
楊騰波氏は中英企業家サミットの核心的な企画メンバーの一人であり、彼のリーダーシップのもと、2014年および2016年にロンドンで第一回および第二回の中英企業家サミットが成功裏に開催されました。さらに、主要な発起人として楊氏は中英企業家連合会を設立し、英国ヨーク公爵アンドリュー王子が提唱した若手起業家支援のための投資プラットフォーム「龍門創将(Pitch@Palace)」の中国展開を推進しました。
2017年9月、楊氏は新時代を代表する華僑リーダーとして第14回世界華商大会に招待され、基調講演を行い、華商による「一帯一路」構想への参加を促しました。また、主席団の中核メンバーとして、英国中華総商会が2019年第15回世界華商大会の英国開催権を獲得することに成功し、世界華商大会が初めてヨーロッパで開催されることになりました。
2018年4月、楊騰波氏は第15回世界華商大会実行委員会執行主席に選出され、華商やチームを率いて、同大会を世界最大規模で、最も代表性と影響力を持つ華人ビジネス界の祭典として成功させるために尽力しました。
以上の通り、英国および中国ビジネス界における主要な人物であり、中国政府とも距離が近いことが窺える。ただし、中英のビジネス交流促進を担うような実業家は当然多数存在するわけで、上記経歴のみをもって中国のスパイなどとは断定することは出来ない。

一方で、本事件では、楊氏と中国統一戦線工作部との深い関係を明確に指摘しており、英国当局は多くの証拠を入手していると推察される。
では、楊氏が密接な関係を有すると指摘されている中国統一戦線工作部とは、どのような組織なのか?
欧米が警戒を強める統一戦線工作部
統一戦線工作部とは、中国共産党中央委員会の機関で、複雑な活動を担う。
主な任務は、以下の通り。
<国内向け>
・国内少数民族・宗教団体への働きかけ
宗教指導者の取り込みや、文化的同化政策
・知識人および非党勢力の取り込み
中国では「政治協商会議」(全国人民政治協商会議、通称政協)を軸に、非共産党員、企業家、文化人といった党外のエリート層の取り込み、非共産党人士と呼ばれる知識人や政治勢力を共産党と連携させ、「共存共栄」 の枠組みを形成
<国外向け>
・華僑・華人社会への働きかけ
海外に住む中国系移民や華僑・華人を対象に、文化的・政治的連携を強化、華人コミュニティのリーダーや団体に対し、統一戦線工作を通じて関係を築き、共産党の政策への協力
・台湾および反分裂活動
・プロバガンダ
特に、習近平政権下では、統一戦線活動がさらに強化され、特に台湾統一や国外影響力工作への注力が目立っている

日本国内では、関連組織として、駐日中国大使館の指示を受ける日本中国和平統一促進会、全日本華僑華人中国平和統一促進会や全日本華人促進中国平和統一協議会がある。
また、統一戦線工作部の直下にある中華全国帰国華僑連合会に紐づく全日本華僑華人社団連合会や日本華僑総会もあげられる。
更に、中国共産党統一戦線工作部条例(2015年5月施行)では、海外華僑や華人のコミュニティである同郷会を設置させている。統一戦線工作部は、この同郷会を通じて、海外華僑の主要な人物の情報を把握、その活動に利用し、特にソフトパワー戦略に活用している。
楊氏の経歴や報じられている内容を鑑みても、統一戦線工作部の目的および対象に合致していることは明白である。
統一戦線工作部の日本への活動は?
さて、この統一戦線工作部であるが、欧米では特に警戒されているが、日本でも当然警戒すべき存在だ。
一方で、あまり大きく報じられることはなかったが、今年の8月、立憲民主党の岡田克也幹事長ら訪中団が、北京において中国共産党の党外交を担う中国共産党対外連絡部の部長・劉建超に加え、中国共産党中央統一戦線工作部長である石泰峰とそれぞれ会談を行っている。

対外連絡部との会談は特筆すべきことではないが、統一戦線工作部長との会談は強い懸念を感じざるを得ない。
今年1月には、社民党の福島瑞穂党首が訪中し、中国共産党序列4位の王滬寧(おう・こねい)政治局常務委員とも会談している。王滬寧氏は、統一戦線工作を主導していると目される人物であり、その危険性を指摘する声も上がっている。統一戦線工作は、野党にも触手を伸ばしている状況だ。

英国王室まで触手を伸ばしていた統一戦線工作部。日本も他人事ではない。
(執筆:日本カウンターインテリジェンス協会代表理事 稲村悠)
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