2007年11月、タイ北部の観光地スコタイにある世界遺産の遺跡群を旅行で訪れた大阪市の劇団員、川下智子さん(当時27)が、何者かに刃物で刺され殺害された。
タイ当局は、現場に残されたDNAをもとに捜査を続けているが、17年近く経った今も事件は未だ解決に至っていない。
5年ぶりに両親らが現地へ
2月12日、川下さんの両親が、5年ぶりにスコタイを訪れた。
事件のあと、何度もこの地に足を運んできたが、新型コロナの影響もあり、なかなか渡航できなかった。
友人たちとスコタイの空港に到着すると、その足で事件現場の寺院「ワット・サパーンヒン」へ向かった。
現場は歴史公園の城壁から少し離れた小高い丘にあり、気温30度ほどの中で急な石畳の道を歩いて登る必要がある。
地元の警察官に支えられ、杖を使って一歩ずつ山道を進む父・康明さん(75)。
「足元がだんだん、おぼつかなくなってきたな。」
丘の中腹に、智子さんのために小さな石碑が設けられていた。
康明さんは、初めて現場を見て涙を流す友人たちとともに、線香を供え、囲いに丁寧に花を敷き詰め、手を合わせた。
「みんな泣いて、胸に詰まるものがありますね。家でも仏壇に話しはしているけれど、私が一方的に話しているだけで答えが返ってこないということが、一番辛いですね。」と康明さんは語る。
カメラを手に辿る智子さんの足跡
事件現場を後にした両親らは、智子さんが当時訪れたというほかの遺跡群にも足を延ばした。
在りし日の智子さんの思い出話をする友人たちの傍らで、康明さんは娘が見たものと同じ風景を静かにビデオカメラに収めていた。
「あんまりね、思いを込めないようにしてるんですよ。辛い思いが出てくるので。ここは最期の地になってしまったなということで、本人も非常に残念な思いをしているんじゃないかなと、つい想像しかかるんですけど、ぐっとそれを抑えてしまう自分がいます。」と康明さん。
捜査進展と時効撤廃の行方は
今回の訪問には明確な目的がある。
それは、犯人の特定に向けて捜査の進展を改めて働きかけること、そして、タイにおける殺人事件の公訴時効である20年が目前に迫るなかで、時効の撤廃を強く訴えることだ。
翌日、両親らは日本大使館の関係者とともに現地の警察署を訪れ、時効を待っているのではなく、総力を挙げて事件の解決に向けて取り組んで欲しいと訴えた。
捜査の進展は今のところないと伝えられたあと、再び事件現場へ向かった。そして、「ワット・サパーンヒン」の丘の上では、過去に捜査線上に浮かんだ人物についてなど、気になったことを何度も警察幹部に聞き返していた。
そして数日後、首都バンコクに移動すると、タイの法務省を訪ねた。面会したソドソン法相は、「犯人を見つけ出すのはタイ政府の義務だ」と述べ、時効の撤廃についても前向きに取り組む考えを示したという。
康明さんはいう。
「やっぱり来ることによって新しい展開が生まれてくる。人間同士が話を進めると、不可能なことも可能に転じていくこともあるのでは。このまま消えてしまうようなことのないように、決して許さないという気持ちで頑張っていきたい。」
最後には、スダーワン観光・スポーツ大臣とも面会し、外国人観光客が二度と同じような目に遭うことがないよう求めた。
時効まで3年あまり、両親は一刻も早い事件の解決に向けて訴え続ける。
(執筆:FNNバンコク支局長 田中剛)