福岡県警に新人刑事を現場で指導するベテラン捜査員、通称「伝承官」がいる。刑事育成の要の「伝承官」が語る捜査の極意とは。

捜査技術のノウハウを伝承

県警本部の一室で資料に目を通している、福岡県警の捜査技能伝承官、久賀健稔警部(64)。

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福岡県警 捜査技能伝承官・久賀健稔警部:
おおむね30年間、刑事課で過ごしてきました。ほとんどが強行犯刑事と捜査一課におりました

久賀さんが長く在籍した「捜査一課」は、殺人、放火、強盗など凶悪犯罪を担当する部署だ。久賀さんはその道を極めて来た。

福岡県警 捜査技能伝承官・久賀健稔警部:
一度、私は退職しているんですけど、警察官として若手刑事の指導にあたっております

捜査能力が極めて高い捜査員を定年後も再雇用する「伝承官」の制度が始まったのは2012年。団塊の世代の退職により、ベテランと若手の割合が逆転する中で、捜査技術のノウハウを伝えていく体制を強化する狙いがあった。

福岡県警の伝承官の人数は現在4人。若手刑事が取り調べに従事する時など、久賀伝承官に教えを請いたいという声は後を絶たない。

この日も現場から相談の電話が入った。

福岡県警 捜査技能伝承官・久賀健稔警部:
はい、伝承官、久賀です。はい、事件の概要を見せてもらって、どういう指導方針でいくか打ち合わせしたいと思いますが、よろしいですか

「被疑者に対し常に誠実であれ」

久賀さんが出向いたのは、筑紫野警察署。ある“否認事件“の取り調べの打ち合わせだ。

まだ経験の浅い男性警部補は悩んでいた。

福岡県警 捜査技能伝承官・久賀健稔警部:
自分から、なかなか自供しない、都合の悪いことは事実を折り曲げて言う

警部補:
難しくて…、調べのポイントはどういったところになるんでしょうか?

福岡県警 捜査技能伝承官・久賀健稔警部:
被疑者が「覚えてない」って言ったときに、「わかりきったことなのに何で言わんの?」って思ったかもしれんけど、「覚えてない」って言った時点で、「都合が悪いことだな」と、ここに「何かがあるんだ」と感じとらないかん。だまされて怒ってもダメ。被疑者は「勝手にせれ!」って“貝”になる。怒鳴りつけたりするのは、下の下です

「被疑者に対し常に誠実であれ」。久賀さんが代々引き継いできた教えだ。

福岡県警 捜査技能伝承官・久賀健稔警部:
被疑者との話題を作るためにパチンコに行ったり、被疑者が競艇に行っていたと言うなら、そこは身銭切ってでも競艇場に行って、その風景を見ながら(被疑者の人生など)感じたりとかいう手法を習ってきた。被疑者にだけ内面をさらけ出させるのではなくて、自分たちもさらけ出さないと相手も打ち解けない。人の気持ちってアナログですよね

取り調べ訓練は本番さながらの設定

この日、久賀さんの姿は警察学校にあった。

警察学校で行われていたのは取り調べの訓練で、学生ではなく、若手からベテランまで現役の捜査員が行う、通称「取り調べ専科」だ。久賀さんが厳しく目を光らせる中、緊迫した取り調べが繰り広げられる。

司会担当官:
それでは「第6想定」を始めさせていただきます

被疑者は無施錠の窓から侵入すると、部屋を物色。タンスの中から現金7万円が入った「今月分」と書かれた封筒を発見し、盗んだところで家主と鉢合わせ。腹を蹴るなどの暴行を加えて逃走した。

その後、通報を受けた警察が周囲を捜索していたところ、被害者の証言と一致する人物を発見。所持品検査で封筒と現金が見つかり、逮捕に至ったという想定だ。

被疑者の生活状況や動機なども事細かに決められた本番さながらの取り調べ。調べ官役は、捜査部門に配属されて2年目の若手女性刑事が務める。

取調官役・配属2年目 若手刑事:
言いたくないことは、言わないでいいですけど、嘘だけは言わないでくださいね

被疑者役:
言いたくないことも何も。何もしてないですもん

被疑者役は、出だしから嘘をつき、完全否認を貫く。

取調官役・配属2年目 若手刑事:
趣味とかってあるんですか?

被疑者役:
散歩くらいかな

取調官役・配属2年目 若手刑事:
いいですね。健康にいいから

被疑者役:
その途中でお金が入った封筒を拾ったんで「これ、交番に届けないかんな」と思って、自分が持ってたリュックに入れて

取調官が関係を築こうと発した何気ない質問に対し、被疑者役は嘘を塗り固めてきた。

取調官役・配属2年目 若手刑事:
被害者の話も聞いているから、偶然いたのかもしれないけど、そんなことで警察は逮捕しないから

被疑者役:
「いいことしよう」と思ってたのに、なんで逮捕までされないといけない!

取調官役・配属2年目 若手刑事:
○○さんがやってないと言うのも…、まあ…、そうですね…

言葉に詰まってしまった取調官。終始、被疑者のペースのまま約20分の取り調べが終了した。

司会担当官:
想定終了です

取調官役の若手刑事:
(証拠品の)封筒を先に言われちゃったので、あとで当てようと思ってたんですけど、被疑者でもそうやって言う人もいるから、証拠品の使い方を考えて調べをするのも大事だなと思いました

伝承官の久賀さんからも厳しい指摘が入る。

福岡県警 捜査技能伝承官・久賀健稔警部:
事件資料の読み込みが足らんね。途中で下向いてるやろ。事件というのは流れを頭に入れておかないと被疑者に対して言葉が出てこんのよ。道端で「現金が入った給料袋を拾いました」って言ったときでも、「おかしいですね、緊急配備中で警察官があの道、何回も通っているんですよ。警察官が見つけきれなかったのによく見つけられましたね~」とか、そういうふうに投げかける。投げかけて、相手からの間を開けて、反応を見る

「被疑者から目をそらしてはいけない」。久賀さんの言葉一つ一つが、次世代を担う若手刑事を鼓舞する。

福岡県警 捜査技能伝承官・久賀健稔警部:
頑張ってください!皆さん、今からの世代やけんね!

「人の気持ちは常にアナログ」

防犯カメラの普及。鑑識能力の向上。そして裁判員裁判事件をめぐる取り調べの可視化など、捜査をとりまく環境が刻一刻と変化する中、伝承官の久賀さんが語る捜査の極意とは…。

福岡県警 捜査技能伝承官・久賀健稔警部:
極意っていうのはないです。経験を重ねることで一流になっていく、一人前になっていく。証拠品があるからこれを見せれば「うたう」「話してくれる」じゃないんですよ。それなりの時期が来ないと。私たちは“ヤマ”が来るというんですけど、そのタイミングを見計らわないといけない。人の気持ちは常にアナログですから、そこを伝えたい

若手を育成し、事件を解決に導く捜査技能伝承官。久賀さんが培ってきた刑事の技は、脈々と受け継がれている。

(テレビ西日本)

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