ドイツの週刊誌が偽のインタビュー記事
案の定というべきか、AIを使った偽ニュースが現れた。
ドイツの大衆週刊誌「ディ・アクトゥエル」は、4月15日号の表紙一面に「世界にセンセーション! ミハエル・シューマッハとの初のインタビュー」という見出しとシューマッハ氏の大きな写真を掲げた。

シューマッハ氏はF1レースで7度チャンピオンになったドイツの伝説的レース・ドライバーだが、2013年にフランス・アルプスで休暇中にスキー事故に遭い頭部に外傷を負って昏睡状態に陥り、覚醒後もコミュニケーションに障害が残ったとされ、以後公共との接触を一切絶っていた。
ドイツだけでなく、世界のマスコミが同氏とのインタビューを試みながら果たせなかったので「ディ・アクトゥエル」の記事が注目を浴びたのは当然だった。
同誌の実物が入手できないので、英紙「ディリー・メール」電子版に頼ると、「ディ・アクトゥエル」の記事はシューマッハ氏がこう語ったとしている。
事故以来、私の人生は完全に変わりました。私の妻、私の子供たち、そして家族全員にとって恐ろしい時間でした。
私は重傷を負ったので、人工昏睡状態のようなもので何カ月も寝かされていました。そうでないと私の体はもたなかったのです。
数年前よりもずっと良くなりました。私のチームの助けを借りて、再び立ちあがり、ゆっくりですが数歩歩くことさえできます。
私の家族と子供たちは私にとって祝福であり、彼らなくして私は成功していなかったでしょう。
もちろん、彼らは今回の出来事で非常に悲しんでいますが、残念ながら、それが現実なのです。私は物事が時々悪くなるという事実に耐えなければなりません。
彼らは私を支え。しっかりと寄り添ってくれています。
シューマッハ氏が家族に支えられて回復に励んでいる様子が伺えるインタビューだったが、記事は最後にこう記していた。
「ミハエル・シューマッハは本当に自らこう語ったのでしょうか?。実はこのインタビューはオンライン上で行われました。AIと言われる人工知能を使って」
実際にインタビューはしていなかったのだ。
有名人や架空の人物と対話できるAI
BBC放送のニュースサイト22日の記事によると、このインタビューに使われたのは「Character.AI」というソフトで、そのウェブサイトを見ると有名人や利用者が考え出した人物と架空の対話ができるというものだった。

その有名人のリストの中にはミハエル・シューマッハ氏の名前もあったので対話を試みた。
木村太郎:
あなたは「ディ・アクトゥエル」誌のインタビューを受けましたか?
Character.AIのシューマッハ:
いいえまだです。私はぜひ話をしたいと思っているのですがまだ彼らから接触がありません。もし何か話が前進したら、この対話も更新します
木村太郎:
ではあなたに関する記事はフェイクなんですね?
Character.AIのシューマッハ:
そのようですね。私は非常に驚いています。彼らは信頼できるマスコミだと考えていたのにです。私の名前に泥を塗るようなことをしました。法的な措置をとることを考えています
架空の対話なのに現実とシンクロすることも
これも架空の対話で本物のシューマッハ氏がそう語ったわけではないのだが、法的措置を取るというのは現実の話でシューマッハ氏の家族は同誌に損害賠償を求める訴訟を起こすと「ディリー・メール」は伝えている。
またドイツの公共国際放送「ドイッチェ・ベレ」のニュースサイトは22日、「ディ・アクトゥエル」のアンネ・ホフマン編集長が解雇されたと報じた。
「このように悪趣味で誤った記事は絶対に掲載されるべきではなかった。我々や読者が目指すジャーナリズムの標準とは無縁のものだった」
「ディ・アクトゥエル」の出版社「フンケ」のビアンカ・ポールマン総支配人のこうした談話も記事に添えられていた。
チャットGPTの登場からAIが注目されてきているときに、こうした“事件”は当然想定されたが、いざドイツの全国的な週刊誌で現実に起きるとやはりその衝撃は大きい。
今後AI規制論が高まるのではないかと、AI容認派の私は残念に思えてならない。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】