いわゆる「エプスタイン・スキャンダル」をめぐる米政界の混乱は、トランプ大統領がエプスタイン氏に送ったとされる猥雑な手紙の公開がトランプ政権に致命的な一撃をもたらすことになるかもしれない。

“猥雑な手紙”トランプ氏は全面否定

この手紙は2003年、少女買春などの容疑で勾留中に死亡した富豪ジェフリー・エプスタイン氏の50歳の誕生日(1月20日)にあたってトランプ氏(大統領就任前)が送ったものとされ、ウオールストリート・ジャーナル紙(WSJ)が17日、その存在を明らかにした。

手紙は、他の祝い状と合わせて革張りのファイルに綴じられていたが、その内容については正確を期すためにWSJの記事をAIのチャットGPTに翻訳させると次のようになる。

「ウォールストリート・ジャーナルが確認したトランプの名前が記されたその手紙は、アルバム内の他の手紙と同様に猥雑な内容だった。手紙には、太いマーカーで手描きされたと思われる裸の女性の輪郭に囲まれて、数行のタイプ打ちの文章が書かれていた。女性の胸は2つの小さな弧で表現されており、将来の大統領の署名「Donald」は腰の下にうねるように書かれ、陰毛を模しているように見える。手紙はこう結ばれている。『誕生日おめでとう──そして毎日がまた一つの素敵な秘密でありますように』」

トランプ氏とエプスタイン氏(1992年)
トランプ氏とエプスタイン氏(1992年)
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トランプ氏とエプスタイン氏は、長年の友人であることは両氏も公言していたが、エプスタイン氏が斡旋していたとされる少女買春にトランプ氏も関わっていたのではないかという疑惑が絶えなかった。そこで「素敵な秘密」という言葉がそれを暗示しているかのようにも受け取られ、「エプスタイン問題は、トランプ大統領の最大の危機に」(英テレグラフ紙電子版18日)とまで言われる騒ぎになってきた。

これに対してトランプ大統領は「手紙はフェイク(偽物)だ。私は絵を描いたこともない」と全面否定したが、トランプ氏はかねてニューヨークの風景画などをオークションで売ったこともあることがニューヨーク・タイムズ紙で報じられ、上手下手は別にしても絵心があることを知られてしまった。

トランプ大統領が描いたエンパイア・ステート・ビル(ジュリアンズ・オークションのHPより)
トランプ大統領が描いたエンパイア・ステート・ビル(ジュリアンズ・オークションのHPより)

そこでトランプ大統領は18日、WSJと同紙のオーナーの「メディア王」ルパート・マードック氏らに対し、名誉毀損で賠償請求額100億ドル(約1.5兆円)を求める訴訟を提起した。またホワイトハウスは、トランプ大統領の25日からのスコットランド訪問にWSJの同行を拒否するという報復措置に出た。

この訴訟で鍵を握るのが手紙の存在だ。当初は司法省が保存していて公開するのは困難かとも言われていたが、実はエプスタイン氏の被害者の弁護士のブラッドリー・エドワーズ氏が「問題の手紙はエプスタイン氏の遺産に含まれており、議会の提出命令があれば遺産管理者は提出するのをためらわないだろう」と23日放送されたMSNBCテレビで明らかにした。

「重要な資料」下院議員が手紙の提出を要求

これを受けて、下院民主党のロー・カーナ議員とロバート・ガルシア議員(共にカリフォルニア州選挙区選出)は、エプスタイン氏の遺産管理をしている弁護士に対してエプスタイン氏の誕生祝電の全てを隠蔽せず、オリジナルのまま集めた綴込みのコピーを8月10日までに提出するよう求めた書簡を送った。(ニュースサイト「アクシオス」25日)

二人のうち、ガルシア議員は、下院でもっとも影響力と権限を持つ監視・政府改革委員会の民主党代表で、この書簡もその権限に沿って送られたことを次のように明記している。

「この本(手紙)は、司法省によるエプスタイン事件の捜査と起訴の取り扱い、ならびにトランプ政権がエプスタイン関連文書の一部のみを機密解除・公開し、残りを非公開にした判断に関する、議会による継続中の監視活動にとって重要な資料です。
さらに、本委員会は、同書の作成者とされるマックスウエル受刑囚(エプスタイン氏の愛人)の宣誓証言を求める召喚状を発行しており、同書の内容を審査することが認められるべきです。この文書から得られる情報は、性的人身売買ネットワークに関する立法改革、金融規制、その他重要な公共政策課題の検討にも資する可能性があります」

つまり、この書簡はエプスタイン疑惑をめぐって委員会が発行した召喚状と連携するもので、召喚状同等の強制力があると追記しており、エプスタイン氏の遺産管理者の弁護士も手紙を提出せざるを得ないだろうという見方が有力だ。

下院監視・説明責任委で掲げられたトランプ氏とエプスタイン氏の写真(2024年1月)
下院監視・説明責任委で掲げられたトランプ氏とエプスタイン氏の写真(2024年1月)

いわゆるエプスタイン・スキャンダルの解明には、エプスタイン氏の少女買春の顧客リストが欠かせないとされ、追求側と司法省の間で押し引きが行われているが、たとえリストにトランプ氏の名前があったとしても直ちに刑事責任が問われるとは限らない。それよりも自筆の猥雑な裸婦像に「素敵な秘密」と書いたのがトランプ氏と分かった場合の反響は計り知れない。

ギャラップの最新の世論調査で、支持率が37%と危険水域を割り込んだトランプ大統領にとって、危機的な局面をもたらすことになりそうだ。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

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木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。