欧米の政財界の有力者を巻き込んだスキャンダル「エプスタイン事件」について、米司法当局が捜査の幕引きをはかったため、逆に疑惑が再燃して、トランプ政権を揺さぶることになるかもしれない。
“顧客リスト存在せず”司法省とFBIが捜査打ち切り
米国司法省と連邦捜査局(FBI)は7日、拘置所で死亡したジェフリー・エプスタイン氏が性犯罪を斡旋した顧客の有名人のリストを持っていた証拠はないとするメモを発表、また同氏の死因は自殺だったと監視カメラの映像も公開して、事実上この事件の捜査打ち切りを宣言した。
この事件は、米国の実業家のエプスタイン氏が欧米の政財界の有力者らへ売春を斡旋して人脈を広げていったというもので、売春にはプライベートジェットも使われ、カリブ海の無人島へ顧客を招いたが、その情報をネタに富裕層相手の恐喝を繰り返しているという噂が絶えなかった。

エプスタイン氏は2006年に児童買春の罪で起訴されるが、司法取引で出所し、その後2019年に少女数十人に対する性的虐待の容疑で逮捕され、家宅捜索の結果、性的人身売買を裏付ける写真などが多数発見され、事件の広がりが明らかになった。
この間、エプスタイン氏はニューヨーク州の矯正施設に勾留されていたが、2019年8月10日独居房内で首を吊って死亡しているのが見つかり「自殺」と発表されたが、口封じのために殺害されたのではないかという疑念が再三指摘されていた。
司法当局内部から抗議の声
エプスタイン氏の死亡で当局の捜査は、児童買春の加害者、つまりエプスタイン氏の「顧客」に絞られた。エプスタイン氏のプライベートジェット機の運用を記録した「飛行記録」には、ビル・クリントン元米大統領や英国のアンドリュース王子、芸能界からもマイケル・ジャクソンら多数の有名人の名前があり、トランプ大統領も7回同乗したとされているが、その中には夫人や家族同伴のものもあって、単に便宜供与を受けていたこともあると考えられる。

これとは別に、エプスタイン氏が買春を斡旋した「顧客リスト」があるとされ、公表されれば米国の政財界の暗部をあからさまにすると期待されていた。事実、パム・ボンディ司法長官は2025年2月にCNNで放送されたインタビューで「顧客リスト」公表の可能性を問われると、こう答えていた。
「それは今、私のデスクの上にあり検証中です」
それが一転「存在しない」という発表になったわけだ。また、同時に公開されたエプスタイン氏が死亡した際の独房の監視カメラのビデオも、11時間の記録の中に1分間の空白があった。ボンディ長官は、2月の発言は「顧客リストではなく資料という意味で言った」、またビデオの空白については「ビデオの架け替えの時間だった」と弁明したが、これにはまず司法当局内部から抗議の声が上がった。

FBIのダン・ボンジーノ副長官は、この問題の扱いをめぐるホワイトハウスでの会議でボンディ長官と衝突した後、11日に出勤しなかったとニュースサイト「アクシオス」が伝えた。また同副長官が所有するニュースサイト「ボンジーノ・リポート」は「カッシュ・パテルFBI長官も、ボンディ長官が辞任しなければ辞任すると言い出している」と報じた。
下院司法委員会の野党民主党の議員たちは8日、ボンディ長官に次のような書簡を送った。
「エプスタイン関連の資料がトランプ大統領を巻き込む内容であるために、ホワイトハウスがその機密解除および全面的な公開を阻止しようと動いたのではないかという疑念を生じさせます」
イーロン・マスク氏“道化師に過ぎない”
こうした疑念をさらに煽ったのが億万長者の起業家で、最近トランプ大統領と確執が深まっているイーロン・マスク氏だ。
— Elon Musk (@elonmusk) July 7, 2025
マスク氏は7日に、道化師が化粧をしてゆく4コマの写真のXを投稿した。1コマ目は白化粧する男性の写真に「エプスタインのリストは公開する」とある、それが次第に化粧が濃くなるにつれて2コマ目、3コマ目の添え書きは「もう少し時間が必要だ」「エプスタインのリストは私のデスクの上にある」となり、最後に道化師の顔が完成するが、それには「エプスタインリストなんてないよ」とある。
つまり全ては道化の話で、だまされた方が悪いとでもいう指摘だ。

しかし、米国人にとってエプスタイン事件はまだ現実で、「だまされた」と肩をすくめてやり過ごすものではない。今回の資料なしの発表で改めて注目を集めることになったようにも思える。そして、それはトランプ大統領にとって決して好ましいことにはならないだろう。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)