ロシア軍の元兵士、ニキータ・チブリンさん(27)は、プーチン大統領が「英雄」と称え、名誉称号を贈った部隊に所属していた。ニキータさんによると、部隊を率いていた司令官は、離脱を望む兵士を丸腰で最前線に送り出していた。
「ブチャの虐殺者」オムルベコフ大佐 軍の関与は…
ニキータさんの話に出てきた司令官は、オムルベコフ大佐、別名「ブチャの虐殺者」だ。彼が率いる部隊の行く先々では、撤退後に多くの民間人の遺体が見つかっている。
この記事の画像(8枚)ウクライナ国家警察などによると、ブチャをはじめ、キーウ地域でロシア軍に殺害された民間人は1369人にものぼる。
EU(ヨーロッパ連合)はオムルベコフ大佐に制裁を科しているが、ロシア国内では全く逆の扱いだ。プーチン大統領はオムルベコフ大佐の部隊を「英雄」と称え、2022年4月に名誉称号を贈っている。
ブチャでは多くの民間人の遺体が見つかったにも関わらず、ロシアは軍の関与を否定している。現場では何が起きていたのか、ニキータさんに聞いた。
――民間人殺害は、ロシア軍が行ったことでしょうか?
元ロシア兵・ニキータさん(27):
僕は後方にいたので、自分の目では見ていません。ただ、殴る行為は一度見たことがあります。イジュームの森で、ウクライナ兵2人が捕まえられました。1人はすぐに降伏したのですが、もう1人は「ウクライナに栄光あれ」と叫んだので、木に縛られて殴られていました。僕はその場から離されたのですが、殴られる音は聞こえていました。後でその場所に戻った時には、もう誰もいませんでした。
このウクライナ兵が殺害されたのかどうかは、分からない。ただ、イジュームでは、ロシア軍の撤退後、集団墓地から436人の遺体(うち軍人は21人)が見つかっている。首にロープをかけられ、手足が折れるなど、遺体には拷問を受けたとみられる跡も確認されている。
――この“戦争”の特徴は、一般市民がスマホひとつで情報を拡散できることです。スマホを持った市民と遭遇した場合の行動について、どのような命令がありましたか?
ニキータさん:
聞いた情報ですが、スマホを持った人たちがいた場合、まずそれを取り上げて、上官のもとに連れて行くという命令がありました。彼らは、テロリストとして捕虜になっていました。
――銃で撃たれ殺害された市民もいますが、連行の命令に背いて殺害した兵士がいるかもしれないということでしょうか?
ニキータさん:
僕は知りませんが、撃っていた人もいたんじゃないかな。軍人には教育を受けていないワイルドな人たちがたくさんいるので。僕が思うには、スパイであることを疑って殺していたのか、アルコール依存症の状態で殺していたのかもしれません。
ニキータさんの証言からは、民間人殺害に軍の関与がどこまであったのかは分からなかった。ただ、部隊の位置情報を拡散されることを恐れて殺害に走った兵士はいるかもしれないとのことだった。
レイプ、略奪に手を染める兵士も
オムルベコフ大佐が率いる部隊で指摘されているのは、民間人殺害だけではない。ニキータさんは、同僚兵士が貴金属などの略奪やレイプに手を染めていたと明かす。
ニキータさん:
ロシアのメディアは「ロシア兵はそういうことは絶対しません」と言っていますが、僕はその場にいてこの目で見ました。フェンスを乗り越えて、ウクライナ人男性の家に入る2人の兵士がいました。彼らは酔っ払っている状態で、男性に「タバコをくれ、ウォッカをくれ」と頼み始めました。男性の履いている靴を見て「これをくれ」とまで言っていました。外国の領土でこんな行動をしているとは、僕にとっては衝撃的でした。
「自分の正義とは反する」と感じたニキータさんは、銃を手に2人をその場から追い払ったという。ただ、全てを止められるわけではない。
ニキータさん:
ロシア兵士の多くが略奪していました。宝石や車を奪って、ベラルーシで売っている兵士もいました。キーウ近郊から撤退する時に、盗んだ車で出発していたのです。
――他に、ロシア兵が犯した戦争犯罪はありますか?
ニキータさん:
あるとき、4人の兵士が走って逃げているところを見ました。その次の日、彼らが母親と娘をレイプしたと知りました。娘は18歳だったそうです。上官は彼らを罰さず、殴って解雇しただけだったのです。(略奪やレイプをした兵士は)自分が権力を持っていると感じていたのではないでしょうか。兵器を持っているから、何でも出来ると思ったのでしょう。
スペインに亡命…家族は「裏切り者、ファシスト」と非難
ニキータさんは、自分が侵略する立場であることに耐えられず、2022年6月16日、戦線を離れるトラックに飛び乗り、逃走した。
4歳の娘との再会を望んだが、それは叶わなかったという。“戦争”を批判する立場にあったためだ。
ニキータさん:
今のロシアでは、スターリン時代のように密告が相次いでいて、戦争を批判したり、「特別軍事作戦」を“戦争”と呼んだりすると投獄されることもあります。投獄されたら刑務所から戦争に送られるかもしれない。悪循環です。
戦地にまた投入されるかもしれないという恐怖感が常につきまとっていたニキータさん。生きるために残された選択肢はただひとつ、「亡命」だった。
2022年11月、6カ国を経由してスペインにたどり着き、ロシアのパスポートに自ら火をつけた。家族には「裏切り者、ファシスト」と非難されたという。
亡命から3カ月が経ち、ニキータさんはようやく緊張がほぐれてきた。笑顔で見せてくれた軍隊手帳には、「ウクライナに栄光あれ、プーチンの馬鹿野郎」と手書きの文字で書かれていた。
ニキータさん:
僕は戦争に参加したとは思っていません。ある意味、ロシア軍の人質になっていたのです。罪を償うには、いくら時間があっても足りません。この恥は何世紀も続きます。ほとんどのロシア人は黙り続けていますが、それこそが今起きているテロを支援することだと思います。
今後は、戦地で見聞きしたことを積極的に発信し、国際刑事裁判所で証言することも考えているそうだ。
2023年2月24日、ニキータさんは、ウクライナ支援を訴えるデモに参加した。彼は、この“戦争”が終わるのは、ウクライナ軍が勝つ時だと信じている。
(FNNパリ支局 森元愛)
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「ぶっ壊しに行くぞ」 突然始まった“戦争” アルコール依存、いじめも…離脱希望者は丸腰で「最前線」へ