2月8日は北朝鮮・朝鮮人民軍創建75年の記念日。6日には、戦争準備態勢をより強力に整えると決定した。BSフジLIVE「プライムニュース」では石破茂元防衛相、朝鮮半島情勢に詳しい平井久志氏と礒﨑敦仁氏を迎え、韓国の動き、日本の安全保障への影響も含め議論した。

金正恩の長女を前面に出し「戦争準備態勢を整える」北朝鮮の狙いは

金正恩総書記と長女 9〜10歳とされる
金正恩総書記と長女 9〜10歳とされる
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新美有加キャスター:
朝鮮人民軍創建75年の記念日、北朝鮮メディアは盛大な宴会の様子を報道した。

平井久志 ジャーナリスト 元共同通信論説委員:
金正恩(キム・ジョンウン)総書記が娘をこの場に同行させた。未確定ながら、韓国では1男2女がいるとされる。これはその2番目の子(長女)。この長女は公開の場に出てきたから後継者でないと考える。後継者なら、顔が割れれば海外留学など自由な活動ができない。男の子がいるなら後継者として温存している。一方、長女を出して世襲のイメージを作り、核ミサイル開発が子の時代まで安全を保障することの象徴としているのでは。

礒﨑敦仁​ 慶応義塾大学教授:
非常に重要な事象。長女の呼ばれ方が、今回「尊敬するお子様」になった。国内で「尊敬する」がつくのは11年ほど前の李雪主(リ・ソルジュ)夫人、それ以前は金正恩氏が後継者として登場したとき。血統を継ぐ人物につけるのは当然と考えるか、9〜10歳とされる彼女につけるのは異例と考えるか。重要行事に連れて行くのも、溺愛ゆえとも考えられるが、公開していることに意味がある。意図はわからない。

新美有加キャスター:
朝鮮中央通信は、朝鮮労働党中央軍事委員会の拡大会議について報道。「人民軍隊の作戦戦闘訓練を拡大強化し、戦争準備体制をより厳格に整えることを決定」とした。

平井久志 ジャーナリスト 元共同通信論説委員:
これにより、対米・対韓国で何をしようとしているか。春の米韓合同軍事演習が行われた際に北朝鮮が強く出る可能性が高く、緊張の高まりが憂慮される。

反町理キャスター:
北朝鮮が食糧不足なら、春に大々的な米韓合同軍事演習があれば朝鮮人民軍を動かさざるを得ず、それが「田植え戦闘」(農村への動員)の障害になるので牽制したい思惑は。

礒﨑敦仁​ 慶応義塾大学教授:
そうだと思う。もうひとつは、演習を続けると、南北・米朝が意思疎通できていない中でお互いの認識を誤判断してしまう可能性がある。そこにも北朝鮮は常に牽制をかける。

強硬姿勢の韓国 南北関係の悪化がエスカレートする危険

新美有加キャスター:
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、7年ぶりとなる中央統合防衛会議を開催し、北朝鮮への強い姿勢を明らかに。大統領室は「北朝鮮が韓国を明白な敵と位置づけ、核の先制攻撃の意思を露骨に誇示している中、国家総力安保体制を整えることが重要」との認識で開催したと説明。尹大統領は「安保は軍人だけの役割ではない。軍警はもちろん民間も参加することにより十分な安保体制を確立し、有事の時、我が国民保護に万全を期すため」と発言した。

平井久志 ジャーナリスト 元共同通信論説委員:
尹大統領は北朝鮮に強い姿勢で臨もうとしており当然と感じるが、不安感もある。非常に強硬路線が一本調子で、複雑に動く現実の中で国民がついてくるか。

反町理キャスター:
安保には軍人だけじゃなく民間も、という発信。

石破茂 元防衛相
石破茂 元防衛相

石破茂 元防衛相:
まともな発言。国民も戦えというより、国民保護の体制をきちんと、というニュアンスを感じる。今を見る限り、かなりきちんと考えた保守政権と私は評価している。岸田政権との間で信頼関係ができるのが望ましい。

反町理キャスター:
尹大統領の発言に北朝鮮が対応し、エスカレートしていくリスクは。

礒﨑敦仁​ 慶応義塾大学教授:
危険。尹政権は意思疎通できていない状況の中で一方的に言っている。「北方限界線」の南に北朝鮮がミサイルを撃ち込むと、韓国も同様に北朝鮮側に撃ち込んでいる。ずっと続けていたら、偶発的なことが起こる危険がある。

平井久志 ジャーナリスト 元共同通信論説委員:
北朝鮮が休戦協定や南北間の合意を破っても、過去の韓国保守政権は破らなかった。今は北朝鮮が無人機を飛ばせば韓国も無人機を飛ばしており、休戦協定違反。

反町理キャスター:
先に北朝鮮が違反している。韓国は休戦協定を守って黙認すべき? 

平井久志 ジャーナリスト 元共同通信論説委員:
対抗措置として破ってもいいという立場をとれば、休戦協定はなくなってしまう。それは朝鮮半島情勢をより深刻な状況にする。応酬が拡大する危険性があり、報復こそ最大の抑止というのは乱暴。

新美有加キャスター:
韓国の北朝鮮のミサイル攻撃への対応「3軸体系」は、発射の兆候を探知し先制攻撃する「キルチェーン」、ミサイル迎撃「韓国型ミサイル防衛体系」、攻撃された場合の報復攻撃「大量反撃報復」。指揮統制を行う戦略司令部は2024年をめどに創設。

石破茂 元防衛相:
勇ましく見えるが、かなり抑制が効いておりリアリスティック。北朝鮮は今まで核兵器を抑止として使うと言ってきたが、言い方を変えた。重大な攻撃があれば先に核を使うこともあるとするロシアと似ている。韓国は3軸体系のために組織を整えていくのだと思う。

新美有加キャスター:
尹大統領は核保有をめぐり「北朝鮮の核問題がさらに深刻になった場合、韓国は戦術核兵器を配備、あるいは独自の核兵器を保有することもできる」と言及。カービー米NSC調整官は容認しない姿勢だが。

平井久志 ジャーナリスト 元共同通信論説委員:
国の最高責任者が言うのは危ない感じ。「北朝鮮の核問題がさらに深刻になる」ことは、ほぼ間違いない。ただ本音は、アメリカに拡大抑止をしっかりしてもらうためのブラフという気がする。

礒﨑敦仁​ 慶応義塾大学教授:
日本人と違い、韓国国民には核保持へのアレルギーがない。世論調査でも7割以上が必要性を肯定。北朝鮮は、敵国が自衛するのも当然だと合理的な考えを持つだろうが、中国は嫌がるのでは。韓国も核を持ちたがり、日本や台湾へという核ドミノが現実になろうとしている。

石破茂 元防衛相:
日本が核を持つ選択肢はないと私は思うし、国民が許容するとも思えない。だが、非核三原則「持たず、作らず、持ち込ませず」の「持ち込ませず」は本当にいいのか、核共有をどう考えるか、という話に日本はならない。もう少し精密に考えて分析すべき。

反町理キャスター:
5月の広島サミットで日本は核廃絶を訴えようとしている。一方、日米同盟や防衛力の強化の結果、アメリカも拡大抑止の傘をより強くしようとしている。短・中期的には拡大抑止、長期的には核廃絶というのは受け入れられるか。

石破茂 元防衛相:
正直難しい。拡大抑止をきちんとやり、ミサイル防衛の実効性を高め、国民保護の体制をきちんととることが相乗的に機能して初めて抑止力。その議論をきちんと詰めないまま、「核なき世界」を唱えても世界の理解は得られにくい。

日本の防衛力強化には、組織などソフト面の整備が不可欠

新美有加キャスター:
岸田政権が反撃能力の保有を明記したことへの反応。北朝鮮は、「反撃能力の保有は先制攻撃能力。日本の再武装化は国連憲章の侵害で、国際平和と安全に対する深刻な挑戦」と非難。

礒﨑敦仁​ 慶応義塾大学教授:
北朝鮮は全然脅威とみなしていない。韓国やアメリカへの口汚い罵り方を考えれば、非常に穏やか。今の日本に北朝鮮を攻撃する能力がなく、今後も直接攻撃しないと認識している。

礒﨑敦仁 慶応義塾大学教授
礒﨑敦仁 慶応義塾大学教授

新美有加キャスター:
一方、韓国は「朝鮮半島の安全保障や韓国の国益に重大な影響を及ぼす事案は、事前に韓国との緊密な協議及び同意が必要」。

平井久志 ジャーナリスト 元共同通信論説委員:
韓国の世論は分裂している。日米韓の協力は対北朝鮮に必要だが、植民地支配の記憶があり、朝鮮半島での日本の軍事力のコミットはよろしくない。だから同意をとってほしい願望がある。

平井久志 ジャーナリスト 元共同通信論説委員
平井久志 ジャーナリスト 元共同通信論説委員

石破茂 元防衛相:
米韓間には合同司令部があり米韓軍として機能するが、日韓間にそういう関係は全くなく、同意の必要はない。ただ、日米間にも合同司令部はない。日米・米韓の同盟と日韓関係の役割分担を整理しないと抑止力にならない。

反町理キャスター:
5年間で増える防衛費43兆円で装備や弾薬を、という話もよくあるが、組織などの話をしなければ意味がないと。

石破茂 元防衛相:
何を揃えても、実際に機能しなければ抑止力にならない。そういうソフトの部分もちゃんと詰めていかなければ、どんなに金をかけても動かない。

日韓関係改善はラストチャンスか 北朝鮮への影響は限定的

新美有加キャスター:
北朝鮮の脅威が増す中、日韓関係に改善の兆しは見えても改善できていない。尹大統領との改善がラストチャンスという声も。

平井久志 ジャーナリスト 元共同通信論説委員:
尹政権は危ういところが多いが、日韓関係を改善する意思が明確にあるのは非常にいい。だが、今回うまくいかなければ大変に悪化する。

石破茂 元防衛相:
ラストチャンスに近いかも。尹政権の国内の声をどう収めるかという姿勢は、今までなかったこと。北東アジアの情勢を考える時、双方が努力して日韓間の信頼関係を取り戻さなければ、地域の平和も安定もない。

反町理キャスター:
日韓が歴史問題も乗り越えて和解の方向に進むとした場合、北朝鮮からはどう見えるか。

礒﨑敦仁​ 慶応義塾大学教授:
一時的には不満かもしれないが、韓国には北朝鮮に融和的な政権がまた出てくる。金正恩氏は39歳になったばかり。金日成(キム・イルソン)主席は82歳まで権力を誇示したが、40年以上ある。その間、アメリカも韓国も大統領は変わっていく。待っている間に着々と国防力を強化するのが北朝鮮の考え方。

(BSフジLIVE「プライムニュース」2月8日放送)