昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻、台湾を巡る軍事的緊張に象徴されるように、国際安全保障の焦点は対テロから離れ、国家間イシューへと回帰している。

昨年は、アフガニスタンでアルカイダ指導者アイマン・ザワヒリが8月に、シリアでは「イスラム国」の指導者アブイブラヒム・ハシミ・クラシが3月に、そして同指導者の後を継いだアブハッサン・ハシミ・クラシ容疑者が11月にそれぞれ殺害された。ザワヒリの後継者は未だに発表されておらず、アルカイダ内部での混乱が指摘されている。また、「イスラム国」も次々に後継者を発表しているものの、指導者たちのプロフィールはベールに隠され、顔や言葉も公になっていない。以前世界に脅威を与えてきたアルカイダも「イスラム国」も既に組織的に弱体化し、勢力を盛り返す可能性は低い。

殺害されたアルカイダの指導者アイマン・ザワヒリ容疑者
殺害されたアルカイダの指導者アイマン・ザワヒリ容疑者
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しかし、ここでポイントになるのは、アルカイダや「イスラム国」をどう見るかということだ。長年のテロ研究の世界では、脅威としてのアルカイダや「イスラム国」を“組織”だけでなく、“ネットワーク”や“ブランド”としても捉える動きがある。すなわち、テロ組織をネットワークやブランドとしても捉え、総合的な脅威として定義するならば、アルカイダや「イスラム国」の脅威は決して弱体化しているとは言えない。むしろ、より分散化した脅威として残っていると表現できよう。

2023年1月現在でも、エジプトの「イスラム国のシナイ州」、ナイジェリア北東部などを拠点とする「イスラム国の西アフリカ州」、コンゴ民主共和国東部やモザンビーク北部を束ねる「イスラム国の中央アフリカ州」(モザンビークで活動する武装勢力について、昨年イスラム国はモザンビーク州という名で声明を出したが)、サハラ地域を束ねる「イスラム国のサハラ州」、アフガニスタンを拠点とする「イスラム国のホラサン州」など、「イスラム国」系組織が各地で活動し、シリアの「フッラース・アル・ディーン(Hurras al-Deen)」、マリを中心にサハラ地域を拠点とする「イスラムとムスリムの支援団(JNIM)」、イエメンの「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」などのアルカイダ系組織も存在する。

各組織によって構成人数や金銭力、組織力は大きく異なり、アルシャバブやAQAPは欧米諸国への攻撃を計画することはあるが、こういった組織は基本的にはそれぞれの地域で活動しており、海外で大規模なテロを起こす脅威は極めて低い。

しかし、こういったテロ情勢の中でも警戒すべき動きがないわけではない。

1つに中東やアフリカ、アジアに点在する欧米権益を狙ったテロの潜在的脅威だ。

冒頭でも指摘したように、今日、アルカイダや「イスラム国」が欧米諸国内でテロを実行する蓋然性はかなり低いが、アルカイダや「イスラム国」は依然として欧米への敵意を強く示し、能力は不足していてもその意思は放棄していない。そうであれば、中東やアフリカにある点在する欧米大使館や欧米企業などを攻撃する可能性は十分に考えられ、地元でテロ活動を継続できる組織力や資金力があれば、それほど難しい行動でもない。テロ研究者の中でもこういった指摘をする専門家も少なくない。

そして、もう1つが中国を狙ったテロの脅威である。

一昨年夏にアフガニスタンで実権を再び握ったイスラム主義勢力タリバンは今年に入り、同国北部にある油田の開発で中国企業と大規模な契約を締結すると明らかにした。アフガニスタンには1兆ドルともいわれる地下資源が眠っているとされ、米軍がアフガニスタンから撤退したなか、中国はその資源獲得を狙って同国への政治、経済的関与を強めている。

タリバンのムラー・アブドゥル・ガニ・バラダル政治責任者と中国の王毅国務院議員兼外相(2021年7月28日・天津)
タリバンのムラー・アブドゥル・ガニ・バラダル政治責任者と中国の王毅国務院議員兼外相(2021年7月28日・天津)

しかし、それによってアフガニスタンでは中国権益を狙ったテロが増えている。先月12日も、カブールにある中国人が多く利用するホテルを狙った襲撃事件があったが、その後「イスラム国のホラサン州」が声明を出し、中国人客が集まるパーティー会場を狙って爆発物を爆発させたと中国権益を狙った意図を明らかにした。

襲撃されたカブールのホテル(2022年12月12日)
襲撃されたカブールのホテル(2022年12月12日)

また、今年に入っても1月11日、カブールにある外務省の入り口付近で自爆テロがあり少なくとも5人が死亡し、同様に「イスラム国」系組織が犯行声明を出したが、同外務省を訪問予定だった中国代表団を狙った可能性が強く指摘されている。今後、中国がアフガニスタンへの関与を強めれば強めるほど反中テロは増加することだろう。

また、可能性としては高くはないが、中国が一帯一路によって各地域で影響力を拡大させるなか、アフガニスタン以外の国々で活動する「イスラム国」系組織も同様に標的として中国権益をこれまで以上に意識するようになり、結果として反中テロが各地に広がる恐れも考えられよう。

タリバン政権下のアフガニスタンで起きた爆破事件(2022年12月6日)
タリバン政権下のアフガニスタンで起きた爆破事件(2022年12月6日)

冒頭でも述べたように、今年テロ情勢が大きく悪化することはないだろう。しかし、欧米の関心が大国間競争にシフトするものの、ネットワークやブランドとしてのアルカイダや「イスラム国」の脅威が残る中、今後は中東やアフリカに点在する欧米権益を狙ったテロ、また中国への敵意を強める「イスラム国」系組織の活動には注意が必要だろう。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415