ホワイトハウスからの機密文書の持ち出しを巡るFBIによる捜査や訴訟、一族の運営企業による脱税の有罪評決、自らを宇宙飛行士やヒーローの姿に模したトレーディングカードの発売と、週末や昼夜を問わず2022年もトランプ氏がメディアに取り上げられない日はなかった。

敗れた前大統領の一挙手一投足が注目され続けることは、歴代の経験者を見ても異例中の異例なことだ。

トランプ前大統領
トランプ前大統領
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76歳、この男は何者なのか。アメリカ合衆国大統領という超巨大な権力を失っても、その影響力、行動力、信念とも言える執念は凄まじいものがある。

2022年の大きな締めくくりとなったのは、2021年1月に起きた米連邦議会襲撃事件でのトランプ氏の責任だった。連邦下院の特別委員会は約1年半にわたる調査結果を12月19日にまとめ、暴動を扇動した罪などで起訴すべきと結論づけた。法的拘束力はないが今後、司法省が判断することになる。

これにトランプ氏は自らのSNSで「この罪はねつ造だ」と反発した。自らの事象にすぐさま反応し、それをメディアも取り上げる。未だ2020年の大統領選の敗北を認めないトランプ氏が大統領退任以降も“表舞台”に居続ける大きな理由でもある。自らへの反発を原動力とし、存在感を高めていくのもトランプ氏の手法である。

そんなトランプ氏がこだわり続けるのが、最強・最大の権力を持つ大統領の座を取り戻すことだ。

彼が再登板となったらアメリカや世界はどう変わるのか、ウクライナ侵攻を続けるロシアや台湾侵攻の可能性も指摘されている中国といった大国は。そして、世界の首脳がうらやむ蜜月関係を築いた安倍晋三元首相のいない日本は。米政治、米国内の世論の動き、そして彼の動向を“戦々恐々”と見守る一年になるのかも知れない。

米国内にとどまらず各国が今も視線を注ぎ続ける“敗れた男”は、大統領選の2年前となる2022年11月、早々に、意気揚々と出馬に名乗りを上げたが、その戦術と戦略は2023年にどう展開されるのか、誰も予想することはできない。

早々の“勝利宣言” トランプ氏の誤算と強行突破?の出馬宣言

2022年11月の中間選挙の結果は2023年の米政治、そして2024年の大統領選の見通しを一層、不透明にした。

上下両院で野党・共和党が議席を大幅に伸ばすとの米メディアの予測は覆り、上院は民主党が多数派を維持、共和党が主導権を奪還した下院でも与党・民主党を9議席上回るにとどまった。

再出馬を表明したトランプ氏
再出馬を表明したトランプ氏

投票締め切り(東部時間)から2時間あまりが過ぎた頃、トランプ氏はマール・ア・ラーゴの自宅に集まった支持者やメディアを前に「メディアは(共和党が)大きく議席を減らすことを期待していたが、それは起こらなかった」と事実上の勝利宣言をした。

選挙戦でトランプ氏は“共和党の顔”として接戦州の候補者支援に積極果敢に入っていた。下院で共和が圧勝というメディアの事前予測と選挙戦での手応えもあったのだろう。しかし、その数時間後にはトランプ氏にとって受け入れがたい結果となった。

ジョージア州の上院選は民主党候補のワーノック氏が勝利
ジョージア州の上院選は民主党候補のワーノック氏が勝利

さらに、中間選挙で勝敗が決まらず2022年12月に上院の決選投票が行われたジョージア州でも、トランプ氏が推す候補が敗れたのだった。  

幹部との確執 強固な岩盤支持層に亀裂か

中間選挙でトランプ氏が推す候補が相次いで敗れたことで、上院・共和党の間ではトランプ氏の大統領選への出馬表明に懐疑的な見方が渦巻いている。なかでも中間選挙の上院では、民主党の現職候補を一人も破ることができなかったためだ。

マコネル院内総務(左)、ロムニー上院議員(右)
マコネル院内総務(左)、ロムニー上院議員(右)

上院・共和党のトップ、ミッチ・マコネル氏は、党内の候補者を決める各州の予備選でトランプ氏が推す候補が勝ち取る動きを「結局、候補者の質が問題だ」と指摘し、トランプ氏の意向に従う勢力を非難している。

加えてマコネル氏は、ジョージア州をはじめとした各州での共和党候補の敗北をトランプ氏の責任とし、彼の支持によって弱い候補が指名を勝ち取ったこと、さらに、2020年の大統領選挙が盗まれたという彼の執拗な主張が多くの有権者を遠ざけたと主張している。

また、共和党でトランプ氏批判の急先鋒であるミット・ロムニー上院議員(ユタ州)は、「(党の候補者を決める)予備選挙で彼に支持されれば勝てる可能性が高いが、民主党との戦いで彼の支持を受ければ負ける可能性が高い。トランプ大統領に支持されることは死のキスだ」とも語っている。

さらに、共和党支持者の間ではトランプ氏への支持が薄れているという調査も出てきている。

デサンティス知事
デサンティス知事

直近の世論調査(ウォール・ストリート・ジャーナル)では、トランプ氏の自宅、マール・ア・ラーゴがあるフロリダ州の共和党の若手のホープ、ロン・デサンティス知事(44)がトランプ氏を上回る傾向が続いている。調査を行った共和党有権者の52%が2024年の大統領選で候補にふさわしいのはデサンティス氏だとしていて、トランプ氏の38%を大きく上回っているのだ。

人気を高めるデサンティス氏について、トランプ氏は「平均的な政治家」だと評価し、同氏が2024年の大統領選への態度を明らかにしないことについても「ゲームをしている」「もし立候補すれば、打ちのめされることになる」などとけん制している。

口撃を強めるのにはそれだけ脅威の存在となっているのかも知れない。トランプ氏にとっては2023年、デサンティス氏の動向を最も気にしなければならないだろう。

82歳で2期目に挑戦?“爆弾”抱える歴代最高齢大統領の行方

一方の民主党の動きはどうだろうか。大統領として歴代最高齢を更新し続けるバイデン氏は中間選挙の手応えを追い風に再出馬に向けた意欲を高めているという。

民主党の幹部はFNNの取材に対し「バイデン氏は中間選挙以降、機嫌がいいようだ。出馬の可能性は十分にある」と語る。さらに民主党の上院トップ、チャック・シューマー院内総務と下院議長を務めるペロシ下院議長もCNNのインタビューで就任2年の仕事を「素晴らしい」と口をそろえてバイデン氏を評価し、2024年の2期目に挑戦すべきだと述べた。

バイデン大統領
バイデン大統領

中間選挙の翌日、バイデン氏は「我々の意図は再出馬することであり、それはずっと変わっていない。最終的には家族と相談し2023年のはじめまでに決断する」とも語っている。

だが、現在80歳のバイデン氏が82歳で臨む大統領選を不安視する声も少なくない。

これまでの演説を聴いてみても、言い違えや失言も少なくない。2022年9月の演説では、死去した議員の名前を連呼し、壇上に呼ぼうとする場面があった。すぐさまホワイトハウスは「彼女に敬意を表した」と苦しい形で擁護したが高齢だけに憶測を呼んだ。

さらに、中間選挙の下院で野党・共和党が多数派を握ったことで、バイデン氏の息子、ハンター氏を巡る疑惑の調査が議会で動き出すことになる。ハンター氏にはウクライナや中国企業とのビジネス取引を巡る脱税疑惑などがあり、疑惑がかかる不正は副大統領時代の父親の政治的影響力を利用したとも指摘されている。

下院が追及を強め、捜査が進展するとなればバイデン氏は出馬どころではなくなる可能性もはらんでいるのだ。前述したトランプ氏への追及と合わせ、大統領選をにらんだ民主・共和両党による泥沼の展開も想定される。

失速のトランプ氏 「一寸先は闇」続くアメリカ政治

こうしたアメリカ政治はどう向かうのか。東アジアの政治経済が専門で、ジョンズ・ホプキンス大学、ライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長は「見通しがわからず、不安定な状態が続く」と分析する。

ライシャワー東アジア研究所 ケント・カルダー所長
ライシャワー東アジア研究所 ケント・カルダー所長

カルダー氏は中間選挙の結果について「間違いなくドナルド・トランプ氏の後退だと思う。共和党は、特にトランプ氏の介入によって、より悪い結果となった」と影響力の低下を指摘した。

そのうえで、トランプ氏が共和党の候補者を決める予備選で負けた場合「新たな党を作るかも知れない。1912年にセオドア・ルーズベルト大統領(第26代)と同じように、共和党から離れるために第三政党を立ち上げる可能性がある」とも語った。

当時、3期目を目指していたルーズベルト氏は、共和党候補者の現職のウイリアム・タフト大統領(第27代)とともに票を分け合う形で民主党候補に敗れることとなった。

バイデン氏は再出馬の可能性 3つの理由

一方、出馬に意欲を見せるバイデン氏について、カルダー氏は「出馬するだろう」と読み、要因となる3つの理由を挙げた。

1つ目は、バイデン氏が次の大統領選挙の民主党指名レースで、従来のアイオワ州ではなく人種が多様な州の予備選を先行させるよう要請したことだ。

最終的な結論はまだわからないが、バイデン氏としては、白人が多い地域ではなく、黒人やヒスパニックが多い地域で早期に選挙戦を行うことを、この支持層にアピールしたい狙いがあるほか、候補の1つとなっているサウスカロライナ州は、2020年の大統領の予備選挙で、バイデン大統領が黒人層の支持を受け、初めて1位を獲得し、大統領当選に道筋をつけた州でもあり、大統領再選への意欲ともとれる行動だと見ている。

2つ目はトランプ氏の存在だ。カルダー氏は「トランプというファクターはバイデンを助けると思う」と指摘し、「バイデン氏が2020年の選挙ですでに1度トランプ氏を破っている」ことを挙げる。

さらに3つ目として「後継者の不在」を要因に挙げる。カルダー氏は「もし(後任となる)新たな候補者がいれば、彼らが勝つ確率は大きく下がる」と分析する。

ニューサム知事(左)、ウィットマー知事(中央)、クーパー氏(右)
ニューサム知事(左)、ウィットマー知事(中央)、クーパー氏(右)

仮にバイデン氏が出馬を見送った場合の候補者としては、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事や先の中間選挙でミシガン州で圧倒的な支持を得て再選したグレッチェン・ウイットマー知事、ノースカロライナ州知事だったロイ・クーパー氏。

クロブシャー上院議員(左)、ブティジェッジ運輸長官(右)
クロブシャー上院議員(左)、ブティジェッジ運輸長官(右)

2020年大統領選の指名争いに名乗りを上げたエイミー・クロブシャー上院議員もダークホースとして、また、運輸長官のピート・ブティジェッジ氏の5人の名前を挙げた。

高齢で後継者不在の大統領が再選を目指し、疑惑や不正、捜査がつきまとう前大統領との争いとなるのか、その間隙を突いて新たな候補者が現れるのか、2023年も誰も予想できない展開が待っている。

【執筆:FNNワシントン支局 千田淳一】

千田淳一
千田淳一

FNNワシントン支局長。
1974年岩手県生まれ。福島テレビ・報道番組キャスター、県政キャップ、編集長を務めた。東日本大震災の発災後には、福島第一原発事故の現地取材・報道を指揮する。
フジテレビ入社後には熊本地震を現地取材したほか、報道局政治部への配属以降は、菅官房長官担当を始め、首相官邸、自民党担当、野党キャップなどを担当する。
記者歴は25年。2022年からワシントン支局長。現在は2024年米国大統領選挙に向けた取材や、中国の影響力が強まる国際社会情勢の分析や、安全保障政策などをフィールドワークにしている。