「リスキリングは“学び直し”と表現されがちですが、それは正確ではない」

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明さんはそう主張する。

では、リスキリングとは一体何なのか。2018年から「日本をリスキリングする」と活動をはじめ、『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』(日本能率協会マネジメントセンター)の著者でもある後藤さんに、日本の課題やリスキリングの方法を聞いた。

正しい意味、知っていますか?

今年の「ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされ、一度は「リスキリング」という言葉を耳にした人もいるだろう。

しかし後藤さんは、「8割はしっかりと意味を理解できていない」と感じていて、多くが個人が自主的に行う「学び直し」と誤解していると語る。

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明さん
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明さん
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「リスキリング」は英語にするとRe-Skill+ing。直訳すると「スキルの再取得」や「職業能力の再開発」といった表現で、職業に直結するスキルを得ることだ。

後藤さんは著書で「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、そして新しい業務や職業に就くこと」と定義。その文脈において、主語は「組織(企業)」、目的語が「従業員」になる。

つまり、リスキリングは主にデジタル分野において「組織(企業)が従業員に新しいスキルを再取得“させる”」という意味なのだ。

例を挙げると、新型コロナウイルスの影響でリアルな研修会ができなくなった研修講師が“教えるスキル”を生かしてテック企業のカスタマーサクセス業務に就職したり、コロナ禍でオンライン会議などのスキルをビジネスパーソンが身につけたこともある意味で「リスキリング」ということができる。

「個人の興味関心に基づいて自由に好きなことを学ぶ『学び直し』や、職業スキルとの関連性の低いリカレント教育とは異なります。リスキリングはDX(デジタルトランスフォーメーション)と組織改革であり、組織の実施責任において実践する“業務”なのです」

2016年頃から欧米で注目されたリスキリング。その背景には、デジタル分野における慢性的な人材不足もあったという。

「学ぶこと」が目的になってはならない

欧米においてスキルはもともと個人の責任でアップデートしていくもので、スキルが通用しなくなると解雇されることもあった。

しかし昨今、主に成長が速いデジタル分野では「スキルギャップ(必要とされるスキルと労働者が持つスキルの差)」や技術的失業が起きつつあるという。

それを未然に防ぐための解決策として、社内でスキルを磨き新たなデジタル人材になってもらうためにリスキリングが着目された。

リスキリングはスキルを身につけ、新しい業務・仕事につくこと(画像:イメージ)
リスキリングはスキルを身につけ、新しい業務・仕事につくこと(画像:イメージ)

後藤さんは「スキルを身につけて新しい業務や仕事に就くことがポイント。しかし、『新しいことを学び、新しいスキルを身につける』という基本が、“学び直し”という表現に阻まれ、誤解している人が多い」と語る。

加えて、「学ぶこと」が目的になってはならないと指摘もする。「業務で生かせないと意味がなく、スキルは使わないと忘れてしまいます。身につけたスキルの実践の場を用意するのが企業の役割」と強調した。

「リスキリングはAIなどの導入によって将来的になくなる仕事から、新しい仕事や業務をするためにスキルを得ること。従業員が社内に留まるか、転職するかは置いておいて、最初のゴールはスキルをアップデートさせて新しい仕事・業務をする。講座を受けたら終わり、学んで終わりではないのです」

リスキリングの基本的な意味は理解できた。では、日本にはどんな課題があるのか。

得たスキルは生かさないと意味がない

10月に行われた岸田首相の所信表明演説によって、「リスキリング」が一気に注目を浴びるようになった。

所信表明演説では個人のリスキリング支援として、人への投資の予算「5年間で1兆円」を投じることなどが表明された。

後藤さんも岸田首相の所信表明演説で「リスキリング」が知られるようになったと実感しているという
後藤さんも岸田首相の所信表明演説で「リスキリング」が知られるようになったと実感しているという

後藤さんはこの発言に対して、「今まで人材投資の観点はほぼなかったため、進歩だと考えています。ただ海外と比べると低い額ではあります。大きな一歩を踏み出しましたが、今後はその1兆円がどう使われるか注視したい」と話す。

「企業や行政が講座を契約するためだけの1兆円でなく、有効活用してほしいです。リスキリング先進国の欧米はトライアンドエラーを繰り返しているので、欧米の失敗から学んで、日本では進めてほしい」

一歩を踏み出したばかりの日本だが、労働環境やマインドの部分で多くの課題がある。その中で、まず求められているのが「成功事例」だと後藤さんはいう。

「企業、個人どちらにおいても成功事例がまだ足りていません。例えば、リスキリングによって新規事業が生まれ業績が伸びた、業務がデジタル化しスムーズな働き方ができるようになった、リスキリングをして昇進昇格転職したなど、です」

企業自体もリスキリングの重要さを理解しながら、本腰を入れられていない現状もある。

リスキリングは“業務”であるため、仕事中に「学ぶ」ことにためらったり、そもそも従業員がどんなスキルを持っているか、自社でどんなスキルが必要か、企業が把握できていないことも多い。

また仮に「AIを学んでほしい」と講座を契約して、従業員に呼びかけても、忙しくて受けられなかったり、従業員が必要性を感じないこともある。

「学んでも今の部署で使うことができなかったり、生かせる部署への異動もなかったり、忘れてしまったり…」と、今の日本では学んで業務に生かすというマインドになっていないと後藤さんは語る。

将来的にリスキリングがビジネスパーソンに浸透してくると、「学んだもの勝ち」にならないように、学ぶことが苦手な人へのケアに関する課題も挙げた。

それでもこれからのビジネスパーソンには「自分をリスキリングするスキルを身につけること」が必要だと話す後藤さん。では、リスキリングをするにはどうすればいいのか。

リスキリングのはじめの一歩は「アンラーニング」

「自分をリスキリングするスキルを身につけること」は、将来のプランに向けてスキルを再取得して自らのキャリアをコントロールし、人生の選択肢を増やすことだという。

リスキリングの本質は企業や行政が実施責任を伴っているが、日本の現状を踏まえると個人によるスキルアップがまだまだ必要とされるだろう。

では、どんな過程をたどればいいのだろうか。

前段階となるリスキリングに至るプロセスは「アンラーニング(学習棄却)」「アダプタビリティ(適応力)」「プランニング(未来予測)「リスキリング(スキル再取得)」の4つ。

1つ目の「アンラーニング(学習棄却)」は、今までの仕事や働き方、知識をまっさらにして、過度な執着やプライドなどを捨てて、新たなスキルを受け入れる態勢を整えること。

2つ目の「アダプタビリティ(適応力)」は、変化する外部環境に応じて自身を適応させていくこと。例えば、コロナ禍ですぐにテレワークできた人となかなか受け入れられなかった人には適応能力の差があると言えるという。

3つ目の「プランニング(未来予測)」は、外部環境で変化が起きることを予測して、プランA、プランBなど変化に応じたプランを用意すること。

そしてそれぞれのプランで必要とされるスキルを身につけることが4つ目の「リスキリング(スキル再取得)」にあたる。

リスキリングの第一歩は、組織に対する自分の評価や自己評価などを挙げ、それらをベースに自分のスキルをアップデートさせていく。

後藤さんは「これからの時代、リスキリングができる人材が求められるようになる」と話す。

ただし「リスキリングのためにお金を使ったり、転職を推奨しているわけではありません。今ある環境を利用して、キャリアを作っていく=自分自身のスキルをアップデートさせることがとても大事になります」と述べた。

こうしたプロセスを見聞きすると「そんな大きなこと自分はできない」と萎縮してしまう人もいるだろう。しかし、後藤さんは「なんだっていいのです」と後押しする。

「目的」を持ってリスキリングを

例えば、「WordをPDFにできなかったけど、自分でネットで調べたらできた」「人に聞いたらPDFにできた」などでも構わないという。まずは、スマホやパソコンなど身近なデジタルツールを怖がらずに使い、デジタルに慣れていくことが大事なのだ。

「え?そんなこともいいの?」といった小さな成功体験の積み重ねが、持続的にリスキリングをするエネルギーになる。

ただ、リスキリングをする上で大切なのはその「目的」だ。「自分は何をやりたいのか」「この先どうなりたいのか」といったイメージをざっくりと持つことも必要。

新しいスキルを取得したとしてもすぐに実践でき、結果が出るものでもない。リスキリングは中長期的なもので、“働く限り”続いていく。学び始めても途中で「向いていない」「ムリだった」と気づくこともあるだろう。

リスキリングの過程で「向いていない」ことに気づくこともあるという
リスキリングの過程で「向いていない」ことに気づくこともあるという

「スキルの取得をはじめた当初は情報量がありません。私もAIについてリスキリングの過程で『興味がない』と気づいてやめたことがあります。やってみないとわからないことも多く、トライアンドエラーを繰り返しています。

ムリして学び続けないことも大切です。また一人で行うリスキリングは孤独との戦いにもなるので、詳しい人から学ぶ、SNSで学びを共有して褒め合うことも大事です」

時代の流れは速く、ビジネスにおいて今は“ふつう”なことが、将来は“ふつう”ではなくなるかもしれない。その時代の中で生き抜くためには、常に“新しいスキル”が求められる。

「リスキリング」は何歳であってもはじめられる。まずはその一歩、新しいものを受け入れる「アンラーニング」からはじめてみよう。

『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』(日本能率協会マネジメントセンター)
『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』(日本能率協会マネジメントセンター)

後藤宗明
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事、SkyHive Technologies日本代表。石川県加賀市「デジタルカレッジKAGA」理事、広島県「リスキリング推進検討協議会/分科会」委員、経済産業省「スキル標準化調査委員会」委員、リクルートワークス研究所 客員研究員を歴任。政府、自治体向けの政策提言および企業向けのリスキリング導入支援を行っている

イラスト=さいとうひさし

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。