最近注目されている「リスキリング」を正しく理解できているだろうか。
そして、それを自身が、また経営者であれば社員らが実践できているだろうか。
誤解したままでは成果に結びつかないこともある。今回は、失敗につながってしまう10個の誤解の残りの5つを紹介する。
リスキリングの実践に向けてポイントを記した、著書『新しいスキルで自分の未来を創る リスキリング【実践編】』(日本能率協会マネジメントセンター)から一部抜粋・再編集して取り上げていく。
著者はリスキリングの第一人者で、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明さん。
「リスキリング」10の誤解
(1)昔から日本企業はリスキリングをしている
(2)リスキリングは転職のためのもの
(3)就業時間外に個人が自主的に取り組むべき
(4)リスキリングの機会を提供すると社員が辞めてしまう
(5)従業員にオンライン講座を提供し自由に学ばせること
(6)ジョブ型雇用の会社でないとリスキリングはできない
(7)リスキリングはおじさん世代のためのもの
(8)リスキリングはリストラするための道具である
(9)DXに向けたリスキリングより、ソフトスキルの方が大事
(10)リスキリングは人事部が主導でやるもの
#1では「リスキリング」10の誤解のうち、最初の5つに触れている。
アメリカと日本の「ジョブ型雇用」の違い
誤解(6)ジョブ型雇用の会社でないとリスキリングはできない
いろいろと意見が分かれるところだと思いますが、「うちはジョブ型雇用ではないのでリスキリングはできない」という方々と何度かお話ししたことがあります。
アメリカで定着しているジョブ型雇用と、日本版のジョブ型雇用の一番大きな違いは、解雇を前提としているかどうか。
日本版のジョブ型雇用は、雇用維持を前提に議論が進んでいるように思います。
一方、アメリカ型のジョブ型雇用では、明確に職務が定義されている一方、事業撤退や自動化によってその特定のポジションがなくなった場合には、position closedといって解雇される場合があります。
解雇を前提としたジョブ型の場合、即戦力で充当していく考え方でしたが、デジタル分野の急成長で即戦力採用だけでは追いつかなくなってきたため、社内で計画的にリスキリングを行い、社内で消失していく仕事から成長事業に社内異動を行うようになったのです。
確かに、ジョブ型雇用の方が、そのポジションにおいて明確に担当する仕事、必要なスキルが明記されている場合には、新しい成長事業に労働移動をさせていく上では、リスキリングを進めやすいと言えます。
メンバーシップ型雇用の会社でも、推進していくことが可能です。例えば、デジタルリテラシーの向上を図るための全社員共通のリスキリングプロジェクトも実施可能です。
社内で新たなプロジェクトを始めたり、新しい事業部を創設する際には、どのようなスキルが必要なのかがある程度明らかになっているので、そのスキルの習得に向けてリスキリングを開始することができます。
おじさん世代、リストラのためのものではない
誤解(7)リスキリングはおじさん世代のためのもの
20代の方たちから「おじさんのためのものですよね?」と言われることが多々あります。回答は「YesでもありNoでもある」。
少し解像度をあげて説明していきます。
会社のベテラン社員には時代背景もあって圧倒的に「おじさん(男性)」が多く、この表現にはデジタル化等の新しい流れについていけないベテラン社員を指すニュアンスがあります。
結果的にリスキリングはおじさん世代のためのもの、と認識されています。
ところが、日本企業でも、若い世代の従業員により高度なデジタル分野のスキルを身につけてもらうためのものも実はニーズが高いのです。
特に新卒で働き始めた新社会人の場合は、リスキリングの「リ(=再び)」が抜けた「スキリング(スキル習得)」の重要な時期です。
リスキリングをする習慣を早いタイミングから身につけられると、キャリアを重ねていった時に将来の選択肢が増えていくのではないかと思います。
誤解(8)リスキリングはリストラするための道具である
リスキリングはリストラをするための手段だと誤解されている方が時々いらっしゃいます。
リストラというのは、日本語の文脈での「人員整理」の意味で用いられるため、リスキリングとリストラは全く関係がありません。
リスキリングは社内で雇用を維持していくために職種転換を行うための手段です。なくなっていく職務から成長分野の職務に労働移動できるようにするためなので、リストラとは目的が真逆。
それでも「リスキリングをしても成果が出ない従業員を炙り出し、退職勧奨をする」というシナリオを予測している方がいました。
リスキリングとリストラは「リス」までの文字が重なっていることもあり、企業が言い出すとネガティブな手段なのだろうと誤解されている方もいました。
ソフトスキルもハードスキルも大事
誤解(9)DXに向けたリスキリングより、ソフトスキルの方が大事
リスキリングが広まる前の2019年や2020年の頃に、企業経営者や人事部の皆さまからよくうかがった意見です。
僕はいつも「リーダーシップやロジカルシンキング等、従来重視されてきたソフトスキルは今までも重要でしたが、これからも重要です」とお答えしています。
ただしこれに付け加えて「経営者ご自身がデジタルリテラシーを高め、デジタル技術を使って自社にどのように応用できるのか、生産性を高め、新たな事業を創り出せるのかを理解する必要があります。そしてそれを実現するために、デジタル分野のハードスキルを使いこなせる人材が社内で増えないとデジタルトランスフォーメーションは実現しません」とお伝えしています。
リスキリングの重要性への理解が広がり始めた2021年以降はこの「ソフトスキルの方が大事」という意見をあまり聞かなくなってきていたのですが、2023年、生成AI の活用が大きく進み始めたことで、「リスキリングしても意味がない。ソフトスキルの方が大事」という話がまた出てきました。
少なくとも現時点では、AI分野の事業やサービス、AIを利用した製品がますます増えてくると予想されるので、AIの分野で仕事ができるようなハードスキルを身につける、リスキリングの需要はますます高まっています。
そのため、ソフトスキルは今までもこれからも大事。くわえてリスキリングをすることでデジタル分野のハードスキルを併せて持つことがビジネスパーソンとして大事、ということです。
誤解(10)リスキリングは人事部が主導でやるもの
最近は人事部からの問い合わせがメインとなっています。
何社かに話をうかがって気づいたのですが「社長から『リスキリングを我が社でもやれ』と言われました。デジタル分野の研修をやれと言われても経験がなく、どうしたら良いか分からないのです」といった内容が多いのです。
おそらく、経営者の方が「デジタル分野の研修を受けること=リスキリング」と思い込み、人事部に話がふってくるのだと思います。
現在の日本でのリスキリングの理解度を象徴しているのですが、リスキリングが目的になってしまっているのです。本来はデジタル技術等を活用して自社の成長事業を成功させることが目的で、リスキリングはそのための手段でしかありません。
自社でどんな新しい事業をやるのか、そのためにどんなスキルが必要なのかが一番大切なのですが「とりあえず人事部がデジタル分野の研修を従業員に提供する=リスキリング」となってしまっているようです。
リスキリングを全社で推進していく上で、人事部の方が重要な役割を担うことは確かに大切ですが、新しい事業の構築が最初に必要な議論になるので、人事部だけで推進していくのは難しいと考えます。
リスキリングのプロジェクトは経営・事業部、人事部等、部門横断で行っていく必要があります。
実際このプロジェクトが全社で盛り上がっている企業では、必ずしも人事部主導でない場合もあります。
以上、リスキリングにまつわる10の誤解について紹介させていただきました。
リスキリングが広まったのはとても良いことだと考えています。
しかし、さまざまな解釈や主張が強くなることで誤解が広まりつつあります。正しい意味でのリスキリングが定着することを願うばかりです。
後藤宗明
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事/チーフ・リスキリング・ オフィサー。SkyHive Technologies日本代表。著書である『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』(日本能率協会マネジ メントセンター)は「読者が選ぶビジネス書グランプリ2023」イノベーター部門賞を受賞
イラスト:さいとうひさし