この先、仕事でもプライベートでも何が起きるかわからない。1年ちょっと前までは、在宅勤務やリモート会議が推奨される世の中になっているとは想像もしていなかっただろう。計画を立てていても、途中で思わぬ壁にぶち当たることもある。

そんな時代だからこそ、「ライフピボット」という考えが生まれた。積み重ねた経験を軸足に、360度方向転換できる準備をしておく。

黒田悠介さん
黒田悠介さん
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『ライフピボット 縦横無尽に未来を描く 人生100年時代の転身術(できるビジネス)』(インプレス)で、自身も何度もピボットしてきた著者・黒田悠介さんはこう話す。

「不確実性MAXな時代に、その時々において“これで良かった”という選択をし続けて、自分の生き方を肯定できるような、自信が湧くようなキャリアの描き方が誰でもできるようになったらいい」

軽やかに方向転換を繰り返そう

「ライフピボット」は“人生の転換”。

何度も転職したりする人を「ジョブホッパー」と呼ぶが、「ネガティブな使われ方をされている」ことを受け、黒田さんが「ライフピボット」を提唱した。

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「これからの時代は、一本の軸を持つのは難しい。それよりは軽やかに何度も方向転換を繰り返すような生き方が最適。人生において、何度も方向転換することを肯定的に捉えられるようになってほしい」

キャリアにおいては副業や起業、独立というステップだけでなく、起業していた人やフリーランスが会社員に、出社スタイルから在宅勤務に、フルタイムから時短に切り替えることもピボットにあたる。

決して転職や起業を推奨しているのではない。一つの企業に勤めていてもピボットはできる。

黒田さんは「経験を生かして数年おきに部署異動するなど、社内でピボットをする人もいます。定年まで勤めあげることもネガティブではありません」としつつ、仕事への向き合い方として「将来やりたいこと、やりたいことができる状況になったときのために準備をしておくことが大事なのです」と語る。

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ライフピボットが必要とされる背景には、「人生の長期化」「ライフスタイルの短期化」「世界の変化の加速」という3つの理由がある。

人生100年時代に加え、4月から改正「高年齢者雇用安定法」が施行され、70歳まで働ける機会を確保することが企業の努力義務にもなり、半世紀以上働くこともできるようになった。

もちろん、「ライフピボット」は選択肢の一つであり、「全員やりなさいというわけではない」と黒田さんは言う。変化の激しい中で生きる人の一つのキャリア論であり、「農家の方など、一生同じ仕事を続ける方もいますが、それはそれで尊い生き方」と話した。

キャリア転換は偶然が8割

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いつでもどんな年齢でも、キャリア転換するために重要なのは「蓄積」と「偶然」。「蓄積」+「偶然」=「キャリア転換」となり、人生の中で何度もループする。つまり、何度もキャリア転換できる。

仕事を通じた経験の蓄積は数珠のようにつながり、新しいキャリアの可能性を切り拓く。しかし、キャリアの8割は予想もしない「偶然」によって決定されるともいう。

1999年に提唱したスタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授ら(当時)のキャリア論「計画的偶然性理論」の研究で明らかにされている。

「人生すべてを自分で決めることは難しい。自分でコントロールできるのはたったの2割。“人事を尽くして天命を待つ”ではないですが、『ライフピボット』はその2割をどう頑張るかということ。そして、偶然の風を受け止める帆を普段から張っておけば、帆に偶然の風があたり、船は進んでいくのです」

つまり、経験の“蓄積”という帆を張ることが、偶然を引き寄せることにもつながっていく。その経験を溜めるには、「価値を提供できるスキルセット」「広く多様な人的ネットワーク」「経験によるリアルな自己理解」の3つの蓄積が必要になる。

1つ目の「スキルセット」は、テクニカルスキル・ヒューマンスキル・コンセプチュアルスキルのこと。テクニカルスキルは例えば、プログラミングのスキルがあればプログラマー、ライティングのスキルがあればライターといった業務遂行スキル。

ヒューマンスキルは、仕事で接する他者との関係づくり(ヒアリング、ネゴシエーションなど)やコミュニケーション能力など。そして、コンセプチュアルスキルは、物事を抽象化したり多面的に見たり、論理的に考えたりする概念化能力。

例えば、論理的な文章を書くときには、ライティング(テクニカルスキル)とロジカルシンキング(コンセプチュアルスキル)が同時に発揮される。

ライティングのスキルが認識されやすく、それを支えているロジカルシンキング、つまりコンセプチュアルスキルはなかなか意識されにくい。見つけにくいスキルだからこそ、日々自分のスキルを振り返ることが、スキルを自覚することになる。

2つ目の「人的ネットワーク」は、時間をかけて形成された人間関係のこと。“名刺交換をした”という人脈ではなく、情報や出会いの機会を与えてくれる、信頼や信用を得た人とのつながり。

3つ目の「自己理解」は、自分の嗜好性や価値観を知ること。好き嫌いや何に対してどんな感情が動くか、自分を理解していく。

「過去の記憶は美化されたり、過剰な物語がついたりしてしまいます。新鮮な感情や思考を知るため、日々自分をモニタリングしておくことが重要」と黒田さんは言う。

コロナ禍は逆にチャンス

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「『人的ネットワーク』と『スキルセット』はエンジン、『自己理解』はハンドルの役割です。自己理解がないままアクセルを踏むと、どこかにぶつかったりしてしまいます。キャリアの道筋をコントロールして、良い方向に進むためにも自己理解が必要です」

「自己理解」は仕事を通じて深めていくことが適しているが、すべてにおいてそれができるわけでもない。プライベートで普段見ない映画を見たり、美術館に行ったり、イベントに参加したりと、新しいものに触れるきっかけを作り、習慣化することでも自己理解を深めていくことができる。

特にコロナ禍では、「逆にチャンス」だと黒田さんは指摘する。

「みんながオンライン慣れしてきました。イベントもオンラインで行われるようになり、主催する側は会場費や集客数などを深く考えず、実験的にできるようになったり、人と会うことも、オンラインは移動時間がなくなり、話が合いそうなら1時間話したり、合わなそうであれば切り上げたり、新しい人に会うことのハードルが低くなりました」

こうした過程で明らかになった「自己理解」に関して、他人の評価はあまり考えなくても良いという。

「『人と話すことが好き』『これが楽しい』といったちょっとしたことでもいい。履歴書に書けるかどうかや、他人の評価は気にせずに、自分を理解していくことで舵取りできるようになります」

ハニカムマップで自分の可能性を可視化

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では、キャリア転換するためには、どんな準備が必要なのか。3つの蓄積に加えて、「ハニカムマップ」を書くことで自分の可能性をビジュアル化していく。

キャリア転換につながりやすい、「隣接可能性」(既存の要素の組み合わせで初めて見出される可能性)を可視化できる。

中央に位置する六角形のマスに「自分」がいて、仕事を通じて得られる「経験」のマスや可能性のマスが六角形に接する形で広がっていく。360度接するマス、つまり新しいキャリアへのつながりが見えることで、転換しやすくなる。

ハニカムマップの例(ある企業でマーケーターをしている人の場合)
ハニカムマップの例(ある企業でマーケーターをしている人の場合)
ハニカムマップの例(ある企業でマーケーターをしている人の場合)
ハニカムマップの例(ある企業でマーケーターをしている人の場合)

自分のキャリアを点ではなく面で捉えることでライフピボットのパターンを知り、「今の仕事は2マス先のこのキャリアにもつながる」と今の仕事の意義を認識しながら、未来へのステップもイメージできる。

もちろん、ハニカムマップは、すべての人がスムーズに書けるわけではない。

「1回で書き切る必要もなく、常に更新していくことが大切。可能性の広がりをイメージできないことは、自分の可能性を知らないだけかもしれない。“知らない”という気づきも必要。可能性を知るため、ハニカムマップを広げていくための行動を起こすきっかけにつながります」

ハニカムマップを書く際は、実現可能性は一度置いておくことも重要だという。

人生を先送りにしないでほしい

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「ライフピボット」はどの年齢でも、縦横無尽にキャリア転換できるというキャリア論。

さまざまな経験といろいろな可能性の帆を張り、偶然という風を味方につけ、ピボットしていく。未来がイメージしにくい時代だからこそ、こうした生き方も前向きに考えられるようになってきた。

「今後の社会の変化は想像できませんし、不安を感じている人も多い。『ライフピボット』は、そんな中でも『何が起きても大丈夫』『何が起きても適応するようにピボットすればいい』と、不確実性の中に放り出されている私たちのような世代が持てるキャリアの楽観的な考え方です」

未来が不安だからこそ、未来のことばかり考えてしまいそうだが、著書の中では「今を真剣に」とも諭している。

黒田悠介さん
黒田悠介さん

この言葉の意味するところは「人生を先送りにしないように」という黒田さんのメッセージでもある。

「“今はツライけど未来は明るい”のように、あらゆることを先送りにしないでほしい。一番良いのは、今を全力でやって楽しんだ結果、未来につながること。3つの蓄積をするために、ツラいことをしなさいというわけではない。『努力は夢中に勝てない』の言葉のように、楽しさや充実感があってこそ得るものが多いので、苦行ではありません」

まだまだ社会人になりたての人も、経験を積んできたビジネスパーソンも、新しいことをやりたくなったり、やりたかったことができる瞬間がいつ訪れるかもわからない。いつでも一歩踏み出す準備は、いまこの瞬間からできる。時代の荒波に乗りながら「ライフピボット」する力がこれからは必要なのかもしれない。

『ライフピボット 縦横無尽に未来を描く 人生100年時代の転身術(できるビジネス)』(インプレス)
『ライフピボット 縦横無尽に未来を描く 人生100年時代の転身術(できるビジネス)』(インプレス)

黒田悠介
2008年東京大学文学部卒業。その後2社のベンチャー企業を経て2011年に起業、2年弱で代表を交代し2012年にスローガン株式会社にジョイン。キャリアカウンセラーとして2年間で数百人の就活生とキャリアについて対話するなかで、思考を言語化する面白さや課題解決への効果を実感。2015年8月にフリーランスとして独立し、ディスカッションパートナーという職業を名乗る。フリーランスコミュニティのFreelanceNowや議論メシを立ち上げる。

(表紙デザイン・イラスト:さいとうひさし)

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。