国際政治が再び大国間競争の時代に回帰していることに異論を唱える人は、今日においては殆どいない。米中対立の激化、そしてロシアによるウクライナ侵攻はその動きにいっそう拍車を掛けている。

バイデン政権は10月12日、政権の外交・安全保障政策の指針となる「国家安全保障戦略」を発表し、中国を改めて唯一の競争相手と位置づけ、同国との戦略的競争を最優先課題にする方針を確認した。

バイデン大統領と習近平主席
バイデン大統領と習近平主席
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また、ロシアを今日の国際社会の平和と安全に対する差し迫った脅威と非難し、大国間の紛争リスクが上がっていると懸念を示した。

今日においてはロシアが緊急の課題となっているが、バイデン政権は中長期的ビジョンを見据え、今回国家安全保障戦略を発表したと考えられる。

一方、今回の全48ページからなる国家安全保障戦略において、テロリズムに関する記述はP30ページ半分下からP31ページにかけてのみで、これはアフガニスタンから米軍を撤退させ、大国間競争へ舵を切るバイデン政権の方針を反映するものである。

米軍が撤退した後のバグラム空軍基地(アフガニスタン)
米軍が撤退した後のバグラム空軍基地(アフガニスタン)

幸いなことに、9.11同時多発テロから21年となる中、同テロを実行したアルカイダ、2014年あたりにイラク・シリアで一定の領土を支配して世界を震撼させた「イスラム国」は既に多くの幹部が殺害、逮捕され、組織としては弱体化しており、今日、米国にとって差し迫ったイスラム過激派の脅威はない。

「イスラム国」初代指導者 故バグダディ容疑者とみられる画像
「イスラム国」初代指導者 故バグダディ容疑者とみられる画像

今後も米国は対中国という大国間競争を最優先し、その中で遠隔地から無人航空機などで攻撃する能力「オーバー・ザ・ホライズン(OTH)」という持続可能なテロ対策でイスラム過激派に対応していくことになろう。

宗教型テロと新たなテロの波

しかし、少なくとも21世紀以降のテロ情勢は、世界情勢の潮流にリズムを合わせるかのように変化し、いくつかの波が生じてきた。

1つはイスラム過激派という宗教型テロの大きな波だ。

米国とアルカイダの緊張は9.11同時多発テロ以前の1990年代以降高まってきたが、9.11テロやアフガニスタン戦争、イラク戦争など国際政治がいわゆるテロ戦争の時代に突入すると、アルカイダだけでなく、アルカイダを支持するイスラム過激派、アルカイダの名前を冠するイスラム過激派、「イスラム国」、「イスラム国」の名前を冠するイスラム過激派、そして両組織が掲げる過激思想に共鳴する・刺激を受ける個々人などがそれぞれ台頭し、欧米を中心に国際社会は宗教型テロへの対処を余儀なくされた。

「イスラム国」が公開したモロッコ人自爆テロ犯(フィリピン・2018年)
「イスラム国」が公開したモロッコ人自爆テロ犯(フィリピン・2018年)

そして、国際社会が宗教型テロに対応する中、テロ情勢では新たなテロの波が顕著に現れるようになった。

米国が長年のテロ戦争で疲弊し、欧州ではシリア内戦などで大量の移民・難民が流入する中、欧米諸国内では反移民・難民、反リベラルなどを掲げる右派政党の台頭が顕著になり、そういった保守的な民意というものが高まりを見せるようになった。

そういった流れに合わせるかのように台頭したテロの波が、白人至上主義的などを掲げる極右型テロだ。

欧米にはそういった保守的な思想や主義主張は以前からあるが、近年、米国のアトムワッフェン・ディヴィジョン(Atomwaffen Division,AD)、ライズ・アバヴ・ムーブメント(Rise Above Movement, RAM)、ザ・ベース(The Base)、英国のナショナル・アクション(National Action,NA)、ロシアのロシアン・インペリアル・ムーブメント(Russian Imperial Movement,RIM)、北欧のノルディック・レジスタンス・ムーブメント(Nordic Resistance Movement,NRM)など白人至上主義的なグループの台頭が顕著になった。

そして、これらグループ以上に暴力的な白人至上主義を掲げる過激主義者によるテロ事件が欧米各国で繰り返し発生した。

2019年3月のニュージーランド・クライストチャーチにあるイスラム教モスクで発生した無差別銃乱射テロ事件、2019年4月のカリフォルニア州・パウウェイシナゴーク襲撃事件、2019年8月テキサス州・エルパソショッピングモール無差別銃乱射事件、2019年8月ノルウェー・バールムモスク襲撃事件、2019年10月ドイツ・ハレシナゴーグ襲撃事件、そして今年では5月、米ニューヨーク州バッファローのスーパーマーケットで発生したライフル銃乱射事件などはそれを物語る。

犯人は自らの殺戮行為を動画配信していた(ニュージーランド・2019年)
犯人は自らの殺戮行為を動画配信していた(ニュージーランド・2019年)

これらテロ事件の実行犯は白人の若い男で、イスラム教徒やユダヤ教徒、ヒスパニックや黒人などを意図的に標的とし、白人優位の欧米社会を取り戻そうという思想を共鳴していた。

これら2つの事実から言えることは、世界情勢の潮流に合わせるようにテロ情勢において波が現れるということだ。今日、イスラム過激派という宗教型テロの波、白人至上主義など極右テロの波は過ぎ去ったわけではなく、当然ながら

今後の世界情勢の潮流次第で、この2つの波が大波として再来することもあり得よう。だが、今日の世界情勢を直視すれば、今後到来するであろう新たなテロの波はおよそ予測できるかも知れない。

国家絡みのテロの波とは

冒頭の述べたように、世界は再び大国間対立の時代へ回帰している。国際政治においてもそれがメイントピックとなっている。その情勢変化に応じてテロの新たな波を考えれば、1つに国家絡みのテロが新たな波になる可能性が考えられる。

米ソの大国間対立の時代、テロ情勢においては左翼テロや共産主義テロが大きな波だった。今後、世界の分断がいっそう進むことになれば、米中だけでなく、ロシアやイラン、イスラエルやサウジアラビア、ブラジルやベネズエラなど国家と国家の対立というものがいっそう表面化する恐れもある。

イラクのカタイブ・ヒズボラ(Kataib Hizballah)やカタイブ・サイード・アル・シュハダ(Kataib Sayyid al-Shuhada)、イエメンのフーシ派やレバノンのヒズボラ、バーレーンのアル・アシュタール旅団(Al Ashtar brigades)、シリアのリファ・ファテミユン(Liwa Fatemiyoun)などイランが背後にあるとされる親イランのシーア派組織による攻撃のように、国家絡みのテロというものは現在進行形の問題であるが、大国間対立への回帰より、テロ情勢においても国家絡みのテロというものが新たな波になる可能性が考えられよう。

10月2日、米国の安全保障コンサルティング会社the Soufan Groupのテロ対策専門家Colin P. Clarkeは、”How Russian battlefield defeats in Ukraine could lead to terrorism in the West”と題する記事を発表し、その中で、ウクライナ侵攻でロシアが劣勢になれば西側諸国でロシア絡みのテロが起こる可能性について言及した。

ウクライナ軍がロシア占領地区を奪還
ウクライナ軍がロシア占領地区を奪還

上述のように、近年のテロの波では暴力的な白人至上主義者が大きな問題になったが、白人至上主義者の中には多文化、多民族共生などリベラルな価値観、それを重視する政権を嫌い、リベラルな価値観に重点を置かないプーチン大統領を支持する過激主義者も少なくない。

2006年11月に英国で発生したロシア連邦保安庁元職員アレクサンドル・リトビネンコ氏の毒殺事件、2018年3月に同国で発生した元ロシアスパイであるセルゲイ・スクリパリ氏への有毒神経剤「ノビチョク」による毒殺未遂事件など、過去にも欧米ではロシア絡みのテロ事件が報告されている。

有毒神経剤「ノビチョク」で襲撃されたロシア人元スパイ、セルゲイ・スクリパル氏と娘のユリアさん
有毒神経剤「ノビチョク」で襲撃されたロシア人元スパイ、セルゲイ・スクリパル氏と娘のユリアさん

こういった新たなテロの波が大波にならないことを願って止まないが、テロ対策研究者として、世界情勢の潮流に合わせるようにテロ情勢も変化することから、宗教型テロから極右型テロ、そして国家絡みのテロという変化が訪れる可能性を提示したい。

この動きが顕著になるならば、冒頭の国家安全保障戦略において、今後テロリズムに関する言及部分が再び増えることになり、それは米国にとって新たなテロの脅威となろう。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415