「ランドマーク」とは、その土地を象徴する建物や空間のことで、地域に溶け込み、そこに住む人たち親しまれている存在を指す。

人々の暮らしと共にあるものだが、劣化が進んだり役目を終えたといった理由で取り壊されるなどして、現存しないものも数多くある。

かつて大分県内に存在したランドマーク、世界一の高さを誇った「関の大煙突」について調べた。

銅の精錬でガス発生 問題解決のため建設

大分市にある「佐賀関製錬所」。ここにはかつて、完成当時世界一の高さを誇る167mの大煙突があった。

大煙突が建設されたのは1916年 完成当時は世界一の高さを誇った
大煙突が建設されたのは1916年 完成当時は世界一の高さを誇った
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佐賀関に大煙突が建設されたのは1916年。当時、佐賀関では新しい産業として銅の製錬所が建設されることに。しかし、銅を精錬する際に発生するガスは、通常の煙突から排出すると付近の農作物に被害を出してしまうという課題があった。

佐賀関製錬所 上野裕和さん:
明治から大正にかけて、銅の製錬事業の宿命的な課題だった煙害問題に対応するために、高い煙突から煙を出すために建設した

製錬所のガス問題解決のため煙突を建設
製錬所のガス問題解決のため煙突を建設

そのため、製錬所の建設と同時に完成当時世界一の高さを誇る大煙突を建設。高さ167メートル、重量5156トンの大煙突は「関の大煙突」という名前で親しまれ、地域の産業振興と同時に人々の生活を煙害から守る、共存共栄のシンボルとなった。

時は流れ、1972年には大煙突に隣接する場所に「第二煙突」が建設された。煙害から地域を守り、ランドマークとしても100年近い間、その役割を全うし続けてきた第一大煙突。

しかし、老朽化のため惜しまれつつも2013年に解体された。現在は地域との共存共栄のシンボルとして、第一煙突の一部が残されている。

地域との共存共栄のシンボルとして残る第一煙突の一部
地域との共存共栄のシンボルとして残る第一煙突の一部

一世紀近くの間、多くの人に親しまれた「関の大煙突」。今ではその役目を新しい大煙突に託していた。

(テレビ大分)