機体は米軍の攻撃で制御不能に パラシュートで降下した特攻隊員
戦時中に撮影された映像には、攻撃を受けてパラシュートで降下する1人の特攻隊員の姿が記録されていました。23日、隊員の子供や親族が映像を解析した大分県宇佐市の団体のもとを訪れました。
親族8人で大分県宇佐市を訪問
沖縄の東の上空で米軍の攻撃を受ける特攻機。機体が制御不能になり墜落します。その後、1人の隊員がパラシュートで降下し海へ。
この貴重な映像は米軍が撮影したもので、戦争資料などを研究する豊の国宇佐市塾が解析し2025年3月に公開しました。日米の搭乗記録などの資料から隊員は宇佐海軍航空隊で訓練を受けていた京都府出身の園部勇さんだと判明。特攻出撃中に攻撃を受けアメリカの捕虜となり、戦後に帰国しました。
「祖父があそこで助けられたことでつながっている命」
23日、園部さんの長女の山本晶子さんと親族あわせて8人が大分県宇佐市を訪れました。報道で映像の存在を知ったそうで、宇佐市の平和資料館では宇佐海軍航空隊の歴史に熱心に耳を傾けていました。
◆奥平佳奈さん(園部さんの孫)
「自分の命のきっかけ。すごく大きなことだと思って、これは行くしかない、見たいと思って宇佐に来た」
その後は豊の国宇佐市塾から園部さんに関する資料や映像の説明を受けていました。
◆奥平佳奈さん(園部さんの孫)
「祖父があそこで助けられたことでつながっている命。本当にこんなことあるんだなと思った。うれしい。幸せだなと思う」
◆山本隆ノ介さん(13歳)(園部さんのひ孫)
「こういった縁があって、ひいじいちゃんも生きていた。こういう書類がいっぱい残っていたので、これを次の世代の人に受け継いでいくことが出来ればいい」
平和の尊さを後世に
また、この日は長女の山本さんが自宅で保管していた戦時中の写真などを豊の国宇佐市塾に提供したということです。
◆山本晶子さん(園部さんの長女)
「お父さんの過去のことも、私が亡くなれば誰も伝えていかないし、結局処分してしまうのなら、織田さんと話していると好意的なので、残してもらう場所があるなら」
◆豊の国宇佐市塾 織田祐輔さん
「宇佐海軍航空隊で教育を受けた当時の写真があったのですごく貴重。家族の記憶をつないでいくことにもなるし、 ひいては宇佐の記憶を後世につないでいくことにもなるので、非常にありがたいこと」
戦後から80年。映像に残された命の記録がいまを生きる家族の思いとつながり、平和の尊さを後世につないでいます。